量子の宇宙でからみあう心たち ― 超能力研究最前線

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量子の宇宙でからみあう心たち ― 超能力研究最前線

ディーン・ラディン 著/竹内薫 監修/石川幹人 訳/徳間書店/2007年 原題:Entangled Minds: Extrasensory Experiences in a Quantum Reality(Simon & Schuster, 2006)


電話に手を伸ばした瞬間、その相手から着信が入る。長く会っていない友人のことを朝ふと思い出し、夕方その人の訃報が届く。これから起こることを身体がすでに知っているかのように、理由もなく心拍が速くなる。

誰もが経験したことがあるはずのこうした瞬間を、私たちは「気のせい」と「偶然」というたった二つの便利な言葉で処理してきた。本書は、その処理を一度棚上げにすることから始まる。そしてラディンは、千件を超える査読論文と数十年分の実験データを積み上げた末に、ひとつの結論に到達する。

それは気のせいではない。私たちの心は、宇宙の構造そのものに組み込まれた仕方で、互いに、そして物質と、繋がっている。

『量子の宇宙でからみあう心たち』は、その「繋がり」が比喩ではなく、現代物理学の最も奇妙で最も確実な発見――量子もつれ――と同じ地平で語られうることを示そうとする、執拗で、地味で、最終的に世界観を組み替える一冊である。

目次

> 本の正体

書名にある「からみあう心たち」とは、量子論の中心概念であるエンタングルメント(entanglement)の比喩であると同時に、本書の核となる仮説そのものである。

心と心、心と物質は、空間や時間に縛られない仕方で結ばれている。

この一行を真剣に受け止めるとき、世界の見え方は変わり始める。私たちが他人から切り離された孤立した個体である、という近代以降の自己像は、原理的に揺らぐ。ラディンはこの仮説を、神秘的な確信ではなく、千を超える実験データで包囲することによって提示しようとする。

> コアコンセプト ― 「もつれ」とは何か、そしてそれが心に何を意味するか

本書の中心を理解するには、まず「量子もつれ」そのものの異常さを腹に落とす必要がある。

ある条件下で生成された二つの粒子は、その後どれほど遠く離れても――1メートルでも、1キロメートルでも、銀河系の端から端まででも――片方の状態を測定した瞬間、もう片方の状態が「同時に」決まる。光より速い情報伝達はないはずなのに、二つの粒子はあたかも一つの存在であるかのように振る舞う。アインシュタインはこれを「不気味な遠隔作用」と呼んで生涯違和感を訴え続けたが、20世紀後半の実験(ベルの不等式の検証)によって、この現象は自然界に確かに存在することが繰り返し確認された。

つまり、私たちの宇宙では、空間的に離れていることが、必ずしも「分離している」ことを意味しない。これは詩的な比喩ではなく、ノーベル賞級の実験で何度も確認されてきた、物理学の事実である。

ここでラディンは、本書の核心となる問いを投げる。

もし宇宙の最も基本的な構成要素である素粒子が、空間を超えて繋がっていられるのなら、なぜ私たちの心は繋がっていてはいけないのか。

長らくこの繋がりは素粒子の世界に限られると考えられてきた。しかし1970年代以降の研究は、量子もつれが巨視的なレベルにも及びうることを示唆してきた。脳もまた物理系である以上、原理的には、脳と脳のあいだに、あるいは脳と外界のあいだに、もつれに似た連関が成立してもおかしくない。

本書によれば、psi現象――テレパシー、予感、遠隔透視、念力――は、まさにこの巨視的な「心のもつれ」の証拠として読み解くことができる。私たちが互いの心を時々「察してしまう」のは、超能力という特殊な力を一部の人間だけが持っているからではない。私たち全員が、もともとそのようにできているからだ。

これは本書を貫く、引き返せない一線である。

> より深いコンセプト ― 実験室で何が起きているのか

ここからが本書の白眉である。ラディンは「心が繋がっている」というふわっとした命題を、具体的な実験データで包囲していく。

ガンツフェルト実験。被験者は薄暗い部屋に横たわり、半分に切ったピンポン球を目の上に当てられ、ヘッドフォンからホワイトノイズを聞かされる。視覚と聴覚を均質な刺激で満たすことで、外部からの感覚情報を遮断する状態を作る。同じ建物の別室では、送り手がランダムに選ばれた一枚の画像(あるいは動画)を見つめ、その内容を被験者に「送ろう」とする。30分後、被験者は四枚の選択肢から「送られてきたと感じる」一枚を選ぶ。偶然なら正答率は25%。

複数のメタ分析を統合した結果、本書によれば、実際の正答率は約32〜33%で安定してきた。一回の実験では些細に見えるこの差は、数百回、数千回と積み重ねたとき、偶然では到底説明できない規模の統計的逸脱として浮かび上がってくる。被験者が言葉にした像は、しばしば送り手が見ていた映像の細部――特定の動物、特定の色、特定の動き――と一致する。視覚も聴覚も遮断された状態で、別室の他者の心象を、人は受け取ってしまう。

プレゼンチメント(予感)実験。これがおそらく本書で最も身震いさせられる章である。被験者の前のスクリーンに、穏やかな画像とショッキングな画像(暴力的・性的・感情を激しく揺さぶるもの)がランダムな順序で表示される。同時に被験者の皮膚電気反応・心拍・脳波が測定される。

通常、ショッキングな画像を見せられれば、人の身体は反応する。これは当たり前のことだ。ところが本書によれば、被験者の身体は画像が表示される数秒前から、これから現れる画像の感情的性質に対応した反応を示す。穏やかな画像が出る前は静かなまま、ショッキングな画像が出る前は数秒前から皮膚電気反応が上昇していく。

被験者本人は何が出るかを知らない。コンピュータがランダムに選ぶので、表示の瞬間まで「正解」はこの宇宙のどこにもない。それなのに、身体は知っている。未来がすでに身体に届いているとしか言いようのない現象が、繰り返し観測されている。

ラディンはこの効果について、複数の研究室で再現された結果のメタ分析を提示する(なお、本書のメタ分析の一部については他の研究者から異議の申し立てがあることも、本書自身が注釈で触れている)。それでも残るのは、私たちが日常で「胸騒ぎ」「虫の知らせ」と呼んできたものが、生理学的な計測機器の上にも姿を現してしまうという事実である。

グローバル・コンシャスネス・プロジェクト(GCP)。1998年、プリンストン大学PEAR研究所のロジャー・ネルソンによって開始され、現在はIONSがホストしている。世界各地(最大時で70箇所以上)に乱数発生器を設置し、24時間365日、量子的なノイズに基づくランダムな0と1の列を出力させ続ける。本来、これらの出力は完全に偏りのない、互いに無相関なノイズであるはずだ。

ところが、本書によれば、世界中の人間の注意が同時に一つの出来事に集中する瞬間に、世界中の乱数発生器の出力に統計的逸脱が現れる

ダイアナ妃の葬儀の日、世界が一つの映像に釘付けになっていた時間。2001年9月11日、ツインタワーが崩れ、地球上のほぼ全人類が同じ瞬間に同じものを見ていた数時間。新年の零時、世界が秒読みを共有する瞬間。こうしたタイミングで、乱数発生器のノイズは、偶然では説明しにくい仕方で偏る。

ここで起きていることの含意は、慎重に受け取る必要がある。何かが「送信」されているわけではない。テレパシーで石が飛ぶわけでもない。だが、人類の集合的な注意がひとつに収束した瞬間、世界の物理的なランダム性そのものが、わずかに歪む。本書は、これを「集合意識の場」が物質に滲み出したものとして読み解く。

マインド・マター相互作用と二重スリット実験。本書の延長線上にあるラディンの後年の研究では、量子物理学で最も有名な二重スリット実験を、観測者の意図とともに走らせる試みが行われている。電子や光子に二つのスリットを通過させると、観測されないとき干渉縞(波の振る舞い)が現れ、観測されると干渉縞が消える(粒子の振る舞い)――これが量子力学のアイコン的な現象である。

ラディンらは、被験者にこの装置の「片方のスリットに意識を集中する」よう求めた。すると、実際に光子は観測されていないにもかかわらず、被験者の意図に応じて干渉縞のパターンがわずかに変化したと報告されている。そして、効果は瞑想経験者において、非瞑想者よりも強く現れた。

これらの結果を、ラディンは本書の終盤でひとつに束ねる。千件を超える査読論文を統合したとき、psi現象が「偶然」によって生じている確率は、桁外れに小さい数になる。ブリティッシュ・コロンビア大学のジョナサン・スクーラーは本書への推薦文で、その値を前にして残る選択肢は三つしかないと述べる――科学者全員がとてつもなく無能か、組織的不正が世界規模で行われているか、本当に何かが起きているかのいずれかだ、と。

> 世界観・歴史背景 ― 古典物理学の終わり、もうひとつの世界観の始まり

なぜpsi現象は、20世紀末になるまで「ありえないもの」とされてきたのか。

それは、19世紀までの古典物理学が描いた世界像があまりに強固だったからである。粒子は独立した実体であり、相互作用は接触か媒介を通じてのみ起こり、空間と時間は絶対的な舞台であり、宇宙は巨大な時計仕掛けである――この世界観の中では、離れた心が直接繋がることも、未来が現在に届くことも、心が物質を動かすことも、原理的に不可能だった。だからこそ、超能力は最初から「ありえない」と判定され、検討の対象から外されてきた。

ところが20世紀の物理学は、この前提のほとんどを破壊した。観測されるまで粒子に確定した状態がない(観測者効果)。空間的に離れた粒子同士が瞬時に相関する(量子もつれ・非局所性)。時間と空間は独立した絶対的な枠ではない(相対性理論)。psi現象が「奇妙」に見えるとすれば、それは量子物理学が描く現実そのものが、もとから「奇妙」だからにすぎない。

ラディンの主張の核は、ここにある。psi現象が異常なのではない。宇宙が異常なのだ。私たちは、もともと異常な宇宙の住人として、その宇宙にふさわしい仕方で繋がりあっている。

この発想はラディン単独のものではない。物理学者ヘンリー・スタップは脳のプロセスに量子効果が関与しうると論じ、ニック・ハーバート、ロジャー・ペンローズらも量子と意識の接続を探ってきた。ラディンの独自の貢献は、新しい理論を打ち立てることよりも、それまで散在していた数千件の実験的証拠を一つの整合的な物語のもとに束ね直し、20世紀物理学が約束した世界観の延長線上に、心の科学を置き直したことにある。

なお、本書は「psiが完全に証明された」と主張するものではない。ラディン自身、psiの根底にあるメカニズムが量子もつれそのものであると断定するのは時期尚早であり、それは「魅力的な手がかり」だと慎重に述べている。本書をめぐっては科学界内部でも見解が分かれている。だがその論争自体が、本書が決して「無視できる本」ではないことを示している。

> 読み方

本書を最大限に活かして読むための心構えは、三つある。

ひとつ目は、信じる/信じないを一度棚上げにすること。本書は信念を求める本ではなく、データを見せる本である。psiが存在するかどうかは、最終的に統計と再現性が決めることであって、読者の好き嫌いが決めることではない。

ふたつ目は、個別のエピソードではなく、累積された統計的傾向を見ること。「友人の話で予知夢が当たった」という個別事例は本書の論証には何の関係もない。本書が問題にしているのは、千件規模の制御された実験を統合したときに、偶然では説明しにくいパターンが現れるかどうか、それだけである。

みっつ目は、自分自身の身体感覚と照らし合わせて読むこと。プレゼンチメント実験の章を読みながら、自分が「胸騒ぎ」を感じたあの日のことを思い出してもいい。GCPの章を読みながら、9.11の朝に世界中が共有したあの感覚を思い返してもいい。本書のデータは、読者の体験から切り離された遠い実験室の話ではなく、読者自身がすでに経験してきたことの、生理学的・物理学的な裏側である。

通読を急ぐ必要はない。歴史編、実験編、理論編、それぞれが独立した読み物として成立しているため、関心のある章から拾い読みしても、本書の輪郭は十分につかめる。

> なぜ読み継がれるのか

本書は18年経った今も書店や図書館の棚から消えない。それにはいくつもの理由がある。

第一に、本書は**「不思議な体験」と「厳密な科学」の間に橋を架けようとした、極めて稀な本**だからである。スピリチュアル系の読み物は精度を欠きがちで、学術書は実体験に冷淡になりがちだ。本書は両側から強い反発を受けながらも、その中間に立つことを諦めない。

第二に、本書は読者の世界観を組み替えるからである。一度この本を真剣に読んでしまうと、もう「全部偶然です」とは言いにくくなる。予感、シンクロニシティ、虫の知らせ、誰かを思い浮かべた瞬間に届く連絡――これらを単なるノイズとして処理することができなくなる。本書はそれらを「気のせいではないかもしれない」という地平に運び込んでしまう。

第三に、量子もつれという比喩の射程である。「すべては繋がっている」というモチーフは古今東西の神秘思想に共通しているが、本書はそれを20世紀物理学の現代用語と接続することで、現代人に新しい語彙を与えた。仏教の縁起、ネイティブ・アメリカンの「すべての関係」、神道のカミ的世界観――こうしたものが「迷信」ではなく「先取りされていた直観」として再評価される基盤を、本書は提供している。

第四に、著者の誠実さである。本書は派手な結論を急がない。「私はこう考える」「ここはまだわかっていない」「批判はこのように出ている」と区別して書かれている。読者が自分で判断する余地が、最後まで残されている。

> どんな人が呼ばれるか

この本は、おそらく次のような人のもとに、静かにやってくる。

説明のつかない予感や符合を、何度か経験してきた人。それを「気のせい」で済ませることも、神秘体験として神格化することも、どちらもしっくりこなかった人。スピリチュアルな本を何冊か読んだあとで、もう一段「裏側のロジック」を覗いてみたくなった人。瞑想やヨーガを続けるうちに、自分と他者の境界がどこにあるのか分からなくなってきた人。

逆に、psi現象を文字通り信じたい人にとっては、本書はやや禁欲的に映るかもしれない。本書は「証明された」とは言わない。「数千件の実験データが、偶然では説明しにくい統計的パターンを示している」と言うだけだ。

しかし、本書が真に問いかけているのは、psiが実在するか否かよりも、もっと根本的なことかもしれない。それは――私たちが「分離した個」として生きているという、近代以降の最大の前提そのものが、間違っている可能性があるのではないか、という問いである。

孤立は錯覚かもしれない。繋がりこそが宇宙の基底状態かもしれない。この問いに何かが共鳴する人は、間違いなく、この本に呼ばれている。

> 結びに

『量子の宇宙でからみあう心たち』は、結論を読者に手渡す本ではない。ラディンは千を超える実験データという広大な地図を読者の前に広げ、「あとは自分で歩いてみよ」と促す。

その地図に描かれているのは、ガンツフェルト室の薄明かりの中で他者の心象を受け取ろうとする被験者、刺激が提示される数秒前にすでに反応している自律神経、世界的事件の瞬間にわずかに揺らぐ世界中の乱数発生器、観測者の意図に応答するかのような二重スリットの干渉縞。決して派手ではない、地味で、執拗で、繰り返し再現される現象たち。

これらすべてが指し示すのは、おそらくひとつのことだ。私たちは、自分が思っているほど孤立した存在ではない。そして宇宙は、私たちが教わってきたほど、無関心な機械ではない。

ラディンは本書の最後で、19世紀の英国詩人フランシス・トンプソンの一節を引いて静かに筆を置く。「花を一輪揺らすにも、星々を煩わせずに済まない」――もし宇宙が本当にそのようなものであるならば、私たちが誰かを思い浮かべる瞬間、その心はすでに、銀河の向こうまで揺らしているのかもしれない。

その可能性に、一度きちんと向き合ってみたい人のための一冊である。

> 著者について ― ディーン・ラディン

ディーン・ラディン(Dean Radin, Ph.D.)は、米カリフォルニア州ペタルマにある純粋知性科学研究所(IONS:Institute of Noetic Sciences)のチーフ・サイエンティスト。カリフォルニア統合学研究所(CIIS)の超個人心理学・統合心理学の特別准教授も務める。

経歴は異色である。AT&Tベル研究所とGTE研究所で先端通信システムを研究した工学者であり、プリンストン大学、エディンバラ大学、ネバダ大学で心理学者として超心理現象を研究してきた。シリコンバレーのシンクタンク三社(Interval Research Corporation、Boundary Institute、SRI International)に在籍し、SRIインターナショナルでは、米国政府による超能力を扱った機密プログラム――後に「スター・ゲート計画」として知られる遠隔透視研究――に科学者として関わっている。2001年にIONSに加わった。

著書に『The Conscious Universe』(1997年、HarperOne。1997年Scientific and Medical Network書籍賞、Anomalist Best Book Award)、本書『Entangled Minds』(2006年)、『Supernormal』(2013年、Random House)、『Real Magic』(2018年、Penguin Random House)。技術論文・一般向け論考は数百本に及ぶ。ラリー・ドッシーは彼を「意識研究のアインシュタイン」と呼んだ。

重要なのは、ラディンが「不思議な体験を信じてほしい人」ではないということだ。彼は半世紀近くにわたって、心霊現象を最も嫌う種類の道具――メタ分析、効果量、ファネルプロット、二重盲検――を使って、psi現象に切り込んできた研究者である。彼の言葉が重いのは、彼が信じやすい側ではなく、もっとも疑い深い側からここまで来てしまった人間だからである。


書誌情報

・タイトル:量子の宇宙でからみあう心たち ― 超能力研究最前線 ・著者:ディーン・ラディン(Dean Radin) ・監修:竹内薫 ・訳者:石川幹人(明治大学情報コミュニケーション学部教授) ・出版社:徳間書店(超知ライブラリー サイエンス 1) ・発行:2007年8月 ・ページ数:393ページ ・原著:Entangled Minds: Extrasensory Experiences in a Quantum Reality(Simon & Schuster, 2006) ・本書は原著の抄訳

構成(三部構成)

・第一部「歴史編」:紀元前のエジプトの夢神託から冷戦期の米国政府による超能力スパイ計画まで、psi現象が人類史の中でどう扱われてきたかを概観 ・第二部「実験編」:テレパシー・透視・予知・念力といった現象を、ガンツフェルト実験、プレゼンチメント(予感)の生理学的計測、グローバル・コンシャスネス・プロジェクト(GCP)といった具体的なプログラムを通して検証 ・第三部「理論編」:これらの実験的証拠を、量子もつれと結びつけて解釈する道筋を提示

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