流れないでよ ―― 京都・貴船、時間が巡る谷
水神の谷で、なぜ「時を止めたい」物語が生まれるのか
VIBES TOURISM / SPIRITUAL POWER SPOT 京都府京都市左京区 鞍馬貴船町
川よ、流れないで
ある一本の映画の話から、始めたい。
『リバー、流れないでよ』。二〇二三年に公開された、京都の貴船を舞台にした、タイムループの映画だ。
舞台は、冬の貴船。雪のちらつく、貴船川のほとりに建つ、老舗の料理旅館。そこで働く仲居のミコトが、川のほとりに佇んでいると、女将に呼ばれて、仕事に戻る。ところが、その二分後――気づくと、また、同じ川の前に、立っている。
ミコトだけじゃない。
番頭も、料理人も、女将も、宿泊客も。旅館にいる全員が、二分ごとに、元いた場所へ、引き戻されてしまう。熱燗は、いつまで待っても、熱くならない。〆の雑炊は、食べても、食べても、なくならない。書きかけの手紙は、二分経つと、また白紙に戻る。誰も、その二分から、先へ、進めない。
時間が、巡り続ける。同じ二分を、何度も、何度も。
奇妙な映画だ。そして、もっと奇妙なのは――なぜ、よりにもよって、貴船で、こんな映画が撮られたのか、ということだ。
脚本を書いたのは、京都の劇団・ヨーロッパ企画の、上田誠。彼は、この映画の成り立ちについて、はっきりと、こう語っている。面白いタイムループの物語が先にあって、それを撮る場所として貴船を選んだ、のではない。順番は、逆だ。まず、貴船を撮りたい、という気持ちが、先にあった。この土地に立って、ロケハンをして、「ここで、いったいどんな物語を始められるだろうか」と考えた。そうして、考えに考えた末に、あの「二分間が巡り続ける」というルールに、行き着いた。そこから初めて、ループの中身を、組み立てていった。
土地が、先。物語は、後から、その土地が、決めた。
これは、覚えておいてほしい。貴船という谷が、物語を、呼んだのだ。脚本家が、外から物語を持ち込んだのではなく、谷に立った人間から、谷が、物語を、引き出した。
しかも、その物語の芯にあるのは、こういうドラマだ。
主人公のミコトには、心を寄せる相手がいる。だが、その相手が、貴船という小さな谷を出て、遠くへ、行こうとしている。ミコトは、それを、止めたい。行かないでほしい。離れたく、ない。けれど、面と向かっては、言えない。その、言えないまま、胸の中でふくらんでいく「行かないで」という願い。
その願いに、ぴったりと、重なるように。
貴船から、誰も、出られなくなる。二分間の、ループが、起こる。
行かないで、が。時間よ、流れないで、に、なる。
タイトルの「流れないでよ」は、一見、目の前を流れる貴船川に向かって、つぶやいているように見える。流れの速い川。冬の、冷たい水。だが、本当に「流れないで」と言われているのは、川ではない。時間だ。流れていく時を、止めたい。この二分を、終わらせたくない。あの人が旅立つ、その瞬間を、来させたくない。だから、時間よ、流れないでよ。
ここで、いったん、立ち止まってほしい。
「時の流れを、止めたい」。「同じ時間を、繰り返したい」。そういう願いを、よりにもよって、貴船という土地で、描いている。
これは、ただの、偶然なんだろうか。
考えてみれば、おかしな話だ。貴船は、水の神を祀る谷だ。水を司り、川を流し、雨を降らせる神。流れることの、神。その「流れの神」の足元で、「流れないでほしい」という映画が、撮られた。流れる神の谷で、流れを止めたい、と祈る。これほど、ちぐはぐな取り合わせも、ない。
なのに――観てみると、その取り合わせが、奇妙なほど、しっくり、くるのだ。
なぜか。
確認できるインタビューで、脚本家が出発点に置いていたのは、貴船という空間をどう使うか、そして二分間のループで何ができるか、という発想だった。神話の体系を踏まえて作った、という話ではない。ただ、この土地に立って、ここから始められる物語を、探した。そうして出てきたのが、「流れを止めたい」という、水と時間をめぐる物語だった。土地が、それを、呼んだ。土地の奥に眠っていた何かが、脚本家を通って、物語の形をとって、噴き出した。
その「何か」とは、何か。
貴船は――もともと、時間が、まっすぐには流れない谷だからだ。
普通、わたしたちは、時間を、一本の直線だと思っている。過去から、現在へ、未来へ。一方通行で、二度と戻らない。過ぎた時間は、永遠に、過ぎ去る。
でも、貴船の時間は、そうじゃない。
水が、巡る。禊(みそぎ)で、時が、巻き戻る。神が、同じ時刻に、何度も、降りてくる。直線ではなく、円環。ぐるぐると、巡り、戻り、繰り返す、時間。その感覚が、この谷には、千年以上、染み込んでいる。
『リバー、流れないでよ』は、その、円環の時間を、たまたま、掘り当てた。脚本家が掘ったつもりで、実は、谷のほうが、自分の時間の形を、映画に語らせた。
これから、その話をする。
なぜ、貴船では、時間が巡るのか。その円環の中心に、いったい、何が、棲んでいるのか。そして、その円環の中で、人々の願いが、どんなふうに、巡り、増幅され、物語になってきたのか。
水の音を、聞きに行こう。流れて、巡って、また戻ってくる、その水の。
その水の音に、耳を澄ますと
まず、実際に、貴船へ行ってみる。
行くなら、夏が、いい。
京都の街なかの夏は、うだるように、暑い。盆地の底に、熱がたまる。アスファルトが、ゆらゆらと、揺れる。日傘をさしても、汗が止まらない。空気そのものが、生ぬるい湯のように、まとわりついてくる。こういう日は、街にいては、いけない。北へ、逃げる。
叡山電鉄の、出町柳駅から、二両編成の小さな電車に乗る。鞍馬行き。観光客と、地元の人と、リュックを背負ったハイカーが、混ざって座っている。みんな、涼みに行く、という顔をしている。電車が北へ走るにつれて、窓の外の景色が、変わっていく。家が減り、緑が増える。市原を過ぎたあたりから、線路の両側を、木々が覆いはじめる。「もみじのトンネル」と呼ばれる区間。秋には燃えるような紅葉になるこの一帯も、夏は、目の覚めるような、青もみじ。窓いっぱいに、緑が、流れていく。
そして、貴船口(きぶねぐち)駅で、降りる。
電車を降りた、その瞬間。空気が、違う。街の、あの粘りつくような熱気が、ない。風が、通る。蝉の声に混じって、どこかから、水の音が、聞こえてくる。ここから、谷が、始まる。
貴船。地名としては「きぶね」と濁って読むけれど、この谷の奥にある神社の名は、「きふね」と濁らない。水を司る神を祀る社だから、その水が、いつまでも濁らないようにと、社名だけは、澄ませて読む。そう、言われている。名前の読み一つにまで、水への祈りが、込められている。
谷を、歩いて、上る。
貴船口の駅から、神社のある谷の奥までは、二キロほど。バスもあるが、夏なら、歩くのがいい。道は、貴船川に、ぴったりと寄り添って、ゆるやかに、上っていく。最初のうちは、まだ、暑い。木陰はあるけれど、上り坂で、じわじわ、汗が出てくる。Tシャツが、背中に貼りつく。
でも、歩いていると、ずっと、左手から、川の音が、ついてくる。
さらさら。ごうごう。ちょろちょろ。場所によって、水の音が、変わる。岩にぶつかって、白く砕けるところ。深く溜まって、静かに澱むところ。浅瀬を、滑るように流れるところ。歩くリズムに合わせて、川が、ずっと、話しかけてくる。
ときどき、立ち止まって、川を、覗き込む。水が、透明だ。底の石が、一つひとつ、はっきり見える。小さな魚が、すいっと、横切る。アメンボが、水面をすべっていく。岩は、深い緑の苔に覆われ、川のしぶきに、しっとりと濡れている。木々の葉のあいだから、夏の光が、斑になって、落ちてくる。緑と、水と、光。
歩いているうちに、気づく。
さっきまで止まらなかった汗が、いつのまにか、引いている。谷の奥に進むほど、気温が、少しずつ、下がっていく。川が運んでくる冷たい空気と、頭上を覆う木々の影が、谷全体を、天然の冷蔵庫のようにしている。同じ京都市内とは、思えない。街は、あんなに、暑かったのに。汗をかいて歩いた体が、少しずつ、冷えて、ゆるんでいく。
そして、ずっと――川の音が、隣にいる。
歩いても、立ち止まっても、消えない。耳をふさいでも、足の裏から、空気から、伝わってくる。この谷では、どこにいても、水の音から、逃れられない。
その音に、じっと、耳を澄ましていると、ふと、奇妙な気持ちに、なる。
この水は、いったい、どこから、来ているのだろう。
谷を、上へ、上へとたどっていけば、その先に、源がある。山に降った雨が、長い時間をかけて、地の底を通り、どこかで、湧き出している。その、いちばん最初の一滴が、湧く場所。そこが、この谷の、奥のいちばん奥。貴船神社の、奥宮だ。
そして、人は、千年以上ものあいだ、この水を、ただの水だとは、思ってこなかった。
龍だと、思ってきた。
いま、隣で鳴っている、この気持ちのいい水。透き通って、冷たくて、すがすがしい流れ。さっき覗き込んだ、あの清らかな水。その源には、龍が、棲んでいる。そう、信じられてきた。
足をつければ、気持ちがいい。飲めば、うまい。涼しくて、心地よい。でも、それは、龍の、たった一つの顔にすぎない。同じ水が、ひとたび暴れれば、堤を破り、村を流し、人を呑む。実際、貴船の社殿も、かつて、川の氾濫で、流された歴史がある。やさしい水と、おそろしい水。恵みの水と、災いの水。その両方が、同じ、一匹の龍だ。
その龍の名を、高龗神(たかおかみのかみ)という。
そして、この龍こそが――貴船の時間を、円環にしている、張本人なのだ。
火を斬った血から生まれた、循環する龍
高龗神の生まれは、おだやかな水のイメージとは、まるで違う。むしろ、血なまぐさい。火と、死から、生まれている。
物語は、日本神話の、いちばんはじめに、さかのぼる。
イザナギと、イザナミ。二柱の神が、国を生み、神々を、次々と生んでいく。山の神、海の神、風の神、木の神。世界が、少しずつ、形をなしていく。だが――火の神カグツチ(軻遇突智)を生んだとき。母であるイザナミは、我が子の、燃え盛る炎に焼かれて、命を落とす。
世界に、はじめて「死」が、訪れた瞬間だった。
最愛の妻を、自分たちが生んだ火の神に、焼き殺された。イザナギは、悲しみと怒りに、我を失う。そして、剣を抜き、生まれたばかりの我が子――火の神カグツチの首を、斬り落とす。
その、ほとばしる血から。斬られた体から。また、新たな神々が、生まれた。
『古事記』では、剣についた血が、イザナギの手の指のあいだから滴り落ち、そこから、闇龗神をはじめとする、水の神々が成った、と伝える。『日本書紀』の一書では、斬られたカグツチの体が三つに分かれ、それぞれから、雷の神、山の神、そして水の神・高龗神が、成った、と。
火の神を、斬り殺した、その死から。水の神が、生まれた。
考えてみれば、すさまじい話だ。火と水は、相反する。火は、焼き尽くす。水は、それを消す。その水の神が、火の神の死から、その血と肉から、生まれている。死から、生が。火から、水が。憎しみと悲しみの極みから、いのちを潤す水が、湧き出している。
この神は、生まれたときから、相反するものを、一身に、背負っている。光と闇、生と死、火と水を、その出生の瞬間から、同時に抱えた神。だからこそ、この神の谷では、後に見るように、縁を結ぶ光の物語と、人を鬼に変える闇の物語が、同じ場所で、生まれることになる。
そして、名前そのものに、秘密がある。
「龗」という字。見慣れない、複雑な字だ。よく見てほしい。いちばん下に、「龍」がいる。その上に、「口」が、三つ、並ぶ。さらにその上を、「雨」が、覆っている。
龍。三つの口。雨。
並んだ三つの口は、神に祈りを捧げるための、器を表すという。つまり、この一字は、それ自体が――雨の下で、いくつもの器を並べ、龍に向かって、雨を乞う。その、雨乞いの神事の光景を、まるごと、描いている。文字が、祈りそのものなのだ。
そして、龗とは、龍の、古い言葉。水を司る、蛇身の神を意味する。江戸時代の儒学者・林羅山も、その著のなかで「高龗は龍神の類なり」と、記している。つまり、高龗神が龍である、というのは、後付けの解釈ではない。名前そのものが、最初から、龍を名乗っている。「龗」が、龍。「高」は、山の、高い峰。高き峰の、龍。
さて、ここからが、この谷と「時間」とを結ぶ、最初の鍵になる。
高龗神とは、いったい、何の神なのか。ある神社の解説は、この神の本質を、こう、言い切っている。
高龗神は、自然の、水循環そのものを、神格化した存在である、と。
水循環。理科の授業で、習ったはずだ。水は、海から、蒸発して、雲になる。雲は、風に運ばれて、山に、雨を降らせる。雨は、地に染み込み、川となって、谷を下り、やがて、海へ、還る。そして、海から、また、蒸発して、雲になる。
終わりが、ない。始まりも、ない。ぐるぐると、永遠に、巡り続ける。
高龗神とは、その「巡り続けるもの」そのものの、神なのだ。どこか一点から、別の一点へと、直線的に流れていく神ではない。回って、戻って、また回る。循環する水、その円環の運動を、そのまま神にした存在。
そして、この神には、対になる、もう一柱の龍がいる。
闇龗神(くらおかみのかみ)。同じく、火神の死から生まれた、水の龍。「高」は山の高い峰を、「闇」は深い谷間を指す。高い峰に降りそそぐ雨と、暗い谷を流れ下る水。同じ水の、二つの局面。雨として高みに生まれ、川として谷を下る。
そして、重要なのは――この二柱は、対であると同時に、「同じ神」だとも、言われていることだ。
一匹の龍が、高(峰)と闇(谷)、二つの顔を持つ。峰に昇り、谷に降り、また昇る。水が、海から空へ昇り、雨となって地に降り、川となって海へ還り、また昇るように。
昇る。降る。巡る。戻る。また、昇る。
貴船の神は、最初から、円環なのだ。
直線的に、どこかへ向かって流れ去っていく神ではない。回り続ける水、その円環の運動を、神格化した存在。終わりも始まりもなく、ただ、巡り続けるもの。
ここまで来ると、あの映画の祈りが、なぜ、この谷で生まれたのか、その輪郭が、見えてくる。
「川よ、流れないでよ」。
流れて、巡る神の、足元で。人は、その流れを、止めたいと、願う。止めたくても、水は、流れる。時は、流れる。けれど、流れた水は、巡って、また、戻ってくる。流れた時も――この谷では、巡って、また、戻ってくるのかもしれない。
神の本質と、人の願いが、「流れ」という、たった一点で、真正面から、向き合っている。だから、あの映画は、しっくりくる。流れの神の谷で、流れを止めたいと願う物語は、ちぐはぐなようでいて、実は、この谷の、いちばん深いところと、響き合っているのだ。
禊 ―― 水で、時間を巻き戻す
円環の時間を示すものは、神話の中だけの話ではない。
この谷を歩けば、実際に、その「円環」に、触れることができる。
禊(みそぎ)だ。
奥宮へ向かう参道の、入り口あたり。思ひ川(おもいがわ)という、小さな流れに、橋が架かっている。普段なら、見過ごしてしまうような、ささやかな川。だが、この川には、もう一つ、古い名がある。御物忌川(おものいみがわ)。物忌み――心身を清め、穢れを避け、神に対する準備を、ととのえること。
昔、まだ貴船の本宮が、この奥にあったころ。社に参詣する人は、必ず、この川で、禊をしたと言われる。手を洗い、口をすすぎ、ときには、全身を、冷たい流れに、浸す。俗世でまとってきた穢れを、すべて、この水に、洗い落とす。そうして初めて、神域へ、足を踏み入れることが、許された。
この「禊」という行為の意味を、じっくり、考えてみてほしい。
禊の起源は、神話に、ある。妻イザナミを追って、死者の国・黄泉国(よみのくに)まで降りていったイザナギ。だが、変わり果てた妻の姿に恐れをなし、命からがら、地上へと、逃げ帰る。そして、黄泉の国でまとった、死の穢れを祓うため、川の河口で、水に入り、全身を、清めた。
それが、禊の、始まりとされている。
死の国から、戻り。水に、入り。元の、清らかな自分に、戻る。
これは――時間を、巻き戻す行為に、ほかならない。
穢れとは、何か。それは、生きていれば、誰の身にも、自然とたまっていく、よごれだ。時間が経てば経つほど、人は、知らず知らず、穢れを、まとっていく。罪も、過ちも、悲しみも、疲れも。時間の経過とは、ある意味で、穢れが、積もっていく過程でもある。
その、積もった穢れを。水で、いったん、洗い流す。ゼロに、戻す。最初の、生まれたての、清浄な状態へ。
神社で、半年に一度、大祓(おおはらえ)という行事が行われるのも、これと、同じ思想だ。六月の晦日と、十二月の晦日。人は、その半年でたまった穢れを、人形(ひとがた)に移して、祓い流す。そして、また、清らかな初期状態に、戻される。半年というサイクルで、人は、何度も、何度も、「最初」に、戻り続ける。
つまり、日本の信仰における時間は、一直線に、汚れていくだけのものではない。
水に入るたび。祓うたび。人は、「最初」に、戻る。
巻き戻して、やり直す。リセットして、また、始める。汚れたら、洗って、戻す。その繰り返し。
ここで、もう一度、あの映画を、思い出してほしい。
『リバー、流れないでよ』で、登場人物たちは、二分ごとに、「初期位置」に、引き戻された。熱燗は、また冷たい酒に戻り。雑炊は、また鍋いっぱいに戻り。人々は、また、二分前の場所に、立っている。何度も、何度も、最初に、戻される。
あれと――禊は、構造が、同じなのだ。
ループして、元の場所に、戻る。やり直す。リセットする。その感覚は、SF映画が発明した、新しいものではない。水で時を巻き戻す「禊」という形で、貴船の参道に、千年以上前から、ずっと、流れていた。
貴船の思ひ川は、いわば、時間を、巻き戻す装置だ。
橋を渡り、水で身を清め、汚れた時間を、いったん捨てて、清浄な状態で、神の前に立つ。日常の時間を、リセットして、聖なる時間へと、入っていく。橋の、こちら側と、向こう側で、流れる時間が、違う。
水は、流す。穢れも、時間も、流す。そして、また、最初に、戻す。
循環する水神。巻き戻す禊。この谷の時間は、やはり、まっすぐには、流れていない。ぐるぐると、巡り、戻り、やり直す。映画の中だけでなく、実際の参道の、足元に、その円環は、流れている。
丑の刻 ―― 神が、繰り返し降りてくる時刻
円環の時間を示す、三つめの鍵。それは、この谷の「時刻」そのものに、刻まれている。
貴船には、丑の刻参り(うしのこくまいり)の伝説がある。
深夜の丑の刻――今でいう、午前一時から三時――に、神社に参拝する、あの作法。多くの人は、この言葉から、おどろおどろしい「呪い」を、連想するだろう。藁人形に、五寸釘。白装束。頭に、蝋燭。憎い相手を、夜ごと、呪い殺す儀式。
だが、それは、後の世に作られた、大きな誤解で、本来の意味は、まったく違う。
そして、その本来の意味こそが、この谷の「円環の時間」を、何より、はっきりと、示している。
なぜ、「丑の刻」なのか。
貴船神社の、創建の伝承によれば、こうだ。貴船の大神は、国家の安泰と、人々の守護のため、太古の昔、「丑の年の、丑の月の、丑の日、丑の刻」に、天上から、貴船山の中腹にある鏡岩(かがみいわ)へと、降臨した。
丑の、年。丑の、月。丑の、日。丑の、刻。
すべてが、「丑」で、そろっている。神が、地上に降り立った、その聖なる時刻。だからこそ、丑の刻に祈ることには、神の降臨に立ち会うがごとき、特別な霊験がある、とされた。だからこそ、今も「丑の日」が、この社の縁日と、されている。奥宮の案内も、明確に記している。丑の刻参りは、祭神が、丑の年・丑の月・丑の刻に降臨したという、その故事によるものであり、人々の、あらゆる心願成就に、霊験あらたかなことを示すもの。決して、呪いにのみ、とどめるべきものではない、と。
本来は、聖なる、祈りの時刻だった。神に、いちばん近づける、奇跡の時間。
ここで、注目してほしいのは、「時刻」が、繰り返す、ということだ。
神が降臨したのは、太古の、ただ一度きりの、出来事だ。直線的な時間の感覚でいえば、それは、はるか昔の一点で起こり、もう二度と、戻ってこない出来事のはず。過ぎ去った、過去。
ところが――丑の刻は、毎晩、巡ってくる。丑の日は、毎月、巡ってくる。丑の年は、十二年ごとに、巡ってくる。
その時刻が、巡ってくるたびに。太古の、あの降臨の瞬間が、もう一度、「再現」される。
人は、その繰り返される、聖なる時刻をねらって、参拝する。丑の刻に祈れば、千年前の降臨に、立ち会える。神が、再び、降りてくる、その瞬間に、間に合う。
これは、円環の時間でなければ、成り立たない感覚だ。
直線の時間なら、神が降りたのは、遠い昔の一点で、もう永遠に、戻らない。だが、円環の時間では、同じ聖なる瞬間が、ぐるぐると、何度も、巡って、戻ってくる。だから、丑の刻が来るたびに、降臨は、何度でも、繰り返される。過去が、現在に、何度も、よみがえる。
水は、巡る。禊で、時は、戻る。そして、丑の刻に、神は、繰り返し、降りてくる。
貴船の時間は、三重に、円環している。
水循環という、自然の円環。禊という、人の営みの円環。丑の刻という、神事の円環。三つの円環が、この谷で、重なり、回り続けている。
『リバー、流れないでよ』が、この谷で、二分間の円環を描いたのは、だから、必然だったのだ。
脚本家は、ただ、土地から、物語を引き出した。その土地は、もともと、時間が、巡り、戻り、繰り返す谷だった。だから、引き出された物語も、自然と、巡り、戻り、繰り返す、タイムループに、なった。脚本家が、円環を発明したのではない。谷が、もとから持っていた円環の時間を、脚本家という器を借りて、映画という形で、語っただけだ。
土地の時間が、物語の、形を、決めた。
これが、この谷を訪れる人の多くが漠然と感じる「なんだか、ここは時間が違う」という感覚の、正体なのかもしれない。
願いは、巡って、増幅する ―― 蛍になった女
時間が、巡る谷では。
願いもまた、巡る。
一度発せられた願いは、その場で消えてしまわない。円環の時間の中を、ぐるぐると、巡り続ける。巡るうちに、共鳴し、反響し、増幅されていく。そして、ある臨界を超えたとき――願いは、現実の形を、とりはじめる。
それを、誰よりも、はっきりと示すのが、この谷に伝わる、二人の女の物語だ。
同じ貴船の谷で。同じ「夫の裏切り」という傷を負い。まったく逆の方向へ、その願いを爆発させた、二人。一人は、光へ。一人は、闇へ。明暗を併せ持つ、あの循環する龍の谷に、これほどふさわしい、対の物語も、ない。
まず、光のほうから。
平安の世。一人の女が、この谷を、上った。
和泉式部(いずみしきぶ)。情熱的な恋の歌を、数多く残した、平安を代表する女流歌人。恋多き女として知られる、稀代の才女。だが、このとき、彼女が抱えていたのは、新しい恋の高揚ではなかった。
夫・藤原保昌の、心変わり。
愛されなくなり、心が、離れていく。その、身を切るような苦しみを胸に、彼女は、貴船神社に、参詣する。離れていく夫の心を、もう一度、結び直すために。失われかけた縁を、取り戻すために。
そして、貴船川の、ほとりで――蛍を、見た。
夏の夜だった。川面を、無数の蛍が、舞っていた。はかなく、青白い光が、闇のなかで、明滅する。生まれては消え、消えては生まれる、無数の、小さな光。その光景を前に、彼女は、一首を、詠む。後に『後拾遺和歌集』に収められた、あまりにも名高い、歌。
ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる
――もの思いに、深く沈んでいると。沢を飛ぶ、蛍の光さえも。まるで、自分の身から、抜け出して、さまよい出た、魂のように、見える。
恋に悩むあまり、自分の魂が、肉体から、抜け出してしまった。目の前を漂う、あの蛍の光は、外を飛ぶ虫なのではなく――自分自身の、体を離れて、さまよい出た、魂なのではないか。
幽体離脱のような、凄絶な、恋の歌だ。
想いが、極まると。魂は、肉体を、離れる。蛍の光となって、闇を、さまよう。水のほとりで、一人の女の魂が、ふわりと、体から、抜け出していく。恋とは、それほどに、人を、内側から、引き剥がすものなのか。
そして、貴船は、この願いに、応えた、と伝わる。
貴船明神は、和泉式部の祈りを、聞き届けた。夫の心は、戻り、夫婦の仲は、円満に戻ったという。明神自身が、彼女に、返歌を詠んだ、とも伝えられる。神が、人の恋に、歌で、応えた。
ここで、円環の時間が、また、顔を出す。
和泉式部が、自らの魂を見た、その場所は、後に「蛍岩(ほたるいわ)」と呼ばれるようになった。そして、今も――毎年、初夏になると、貴船川には、蛍が舞う。六月の下旬から、七月にかけて。千年前、和泉式部が見た、あの青白い光が。同じ場所に、毎年、巡って、戻ってくる。
千年という時を超えて、同じ光が、同じ谷に、繰り返し、よみがえる。
彼女の願いは、消えなかった。蛍となって、毎年、この谷に、巡り、戻り続けている。夏の夜に貴船を訪れた人が見る、あの蛍の光は――もしかすると、千年前の、一人の女の、さまよい出た魂の、続きなのかもしれない。
願いは、巡る。光となって、何度でも、戻ってくる。
これが、光の女の、物語だ。
だが――同じこの谷で。同じように、夫に裏切られた、もう一人の女がいた。
その女は、復縁を、願わなかった。
呪いを、願った。
願いは、巡って、暴走する ―― 鬼になった女
闇の、ほうの物語。
時は、嵯峨天皇の御代と、伝わる。ある公卿の、娘がいた。深く愛する、男がいた。だが――男の心は、ほかの女へと、移った。
娘は、捨てられた。和泉式部と、同じ。同じ、裏切り。同じ、傷。だが、娘の胸に湧き上がったのは、悲しみでは、なかった。
嫉妬。そして――殺意。
あの女を、殺したい。生きながら、鬼に、なってでも。
娘は、貴船神社に、籠った。七日間。そして、こう、祈った。
――帰命頂礼、貴船の明神。願わくは、わらわを、生きながら、鬼に、なしてください。恨めしいと思う、あの女を、取り殺したいのです。
人殺しの力を、神に乞う、おぞましい祈り。普通の神なら、退けるだろう。だが――貴船の明神は。
この祈りを、退けなかった。
哀れに、思ったのだ。そして、こう、告げた。
――まことに、不憫である。本当に、鬼に、なりたいのなら。姿を変えて、宇治川の、流れの速いところに行き、二十一日のあいだ、浸りなさい。さすれば、鬼に、なそう。
神が。鬼になる、方法を。教えた。
ここに、この谷の龍の、本質が、むき出しになる。明暗を併せ持つ、循環する龍。和泉式部の「戻ってきて」という願いにも、この娘の「殺したい」という願いにも、同じように、応えてしまう。願いの善悪を、裁かない。光の願いには、光を。闇の願いには、闇を。発せられた願いの、強さだけに、応える。
娘は、喜んで、都に帰る。人気のないところに籠り、その身を、変えていく。
長い髪を、五つに分け、五本の角の形に、結い上げる。顔に、朱を塗り、体を、丹で、赤く染める。頭には、三本脚の鉄の輪――鉄輪(かなわ)を、逆さに、載せる。その三本の脚に、松明を、燃やす。さらに、別の松明を、口にくわえ、その両端に、火をつける。
炎を頭に戴き、口に火をくわえ、全身を真っ赤に燃やした――鬼の、姿。
そして、宇治川に、二十一日間、浸かった。告げられた、とおりに。
娘は――生きながら、鬼に、なった。
これが、「宇治の橋姫(うじのはしひめ)」。『平家物語』の異本「剣巻(つるぎのまき)」や、『源平盛衰記』に伝わる、鬼女の、物語。
鬼となった橋姫は、その後、どうなったか。まず、妬んだ女を、殺した。次に、その縁者を、男を、殺した。そして、ついには――身分の上下も、男も女も、構わず。誰彼かまわず、見境なく、人を、殺していった、と伝えられる。
一つの嫉妬が。無差別の、殺戮へと。膨れ上がっていく。
これこそ、願いが、円環の中で、暴走した姿だ。和泉式部の願いが、蛍という、はかなく美しい光になって巡り続けたように。橋姫の願いは、鬼という、止まらない災厄になって、増幅し続けた。一人を殺したいという願いが、巡るうちに、すべてを殺したいという狂気へと、ふくれあがる。
物証も、残っている。橋姫が、頭に載せた鉄輪を、置いたと伝わる「鉄輪掛石(かなわのかけいし)」が、叡山電鉄・貴船口駅の、かたわらにあるという。あなたが、電車を降りる、あの駅。そのすぐ近くに。鬼になった女が、宇治へ向かう途中で、鉄輪を下ろした石が、今も、ある。鬼となった橋姫は、やがて、都に舞い戻り、一条戻橋で、源頼光の四天王・渡辺綱に斬りかかり、片腕を、切り落とされる。一説に、この鬼は、後の茨木童子と、同じ存在だとも、言われている。
光の女と、闇の女。
和泉式部は、蛍に魂を飛ばし、復縁を得た。橋姫は、鬼に身を変え、殺戮に堕ちた。同じ谷で。同じ裏切りから。願いの強さは、まったく、同じ。ただ、向きが、逆だっただけ。
光の蛍と、炎の鬼。
明暗を併せ持つ、循環する龍の谷は、その両方を、生んだ。そして、その両方を、今も、巡らせ続けている。蛍は、毎年戻り。橋姫の物語も、語り継がれるたび、よみがえる。
「川よ、流れないでよ」と願った、あの映画の主人公も、この系譜にいる。離れたくない、という願いが、時間を止め、二分間を、巡らせ続けた。願いが、強ければ強いほど、この谷では、時間そのものを、現実そのものを、ねじ曲げていく。
貴船とは、そういう谷だ。願いが、円環の時間の中で、反響し、増幅され、やがて、物語になり、現実になる。だからこそ、ここで、何を願うかは、おそろしいほど、重い。
呪いだけではない ―― 丑の刻参りの、もう一つの顔
ここで、橋姫の物語が生んだ、ある大きな誤解を、解いておかなければならない。
「丑の刻参り」。多くの人が、これを「呪いの儀式」だと、思っている。藁人形に、五寸釘。深夜の神木。実際、辞典の類でも、丑の刻参りは「恨む相手を呪うための作法」として説明されることが多い。だが――貴船における丑の刻参りは、単なる呪いだけでは、語れない。もともとこの時刻は、すでに見たように、貴船大神の降臨伝承と結びついた、心願成就のための、特別な時でもあったからだ。聖なる時刻に祈る、神聖な作法、という顔が、たしかにあった。
では、なぜ、それが「呪い」に、なってしまったのか。
橋姫の物語が、原因だと、される。
男に裏切られた女が、貴船に籠り、神託を得て、鬼に変じる。この、あまりに強烈な物語が、人々の記憶に「貴船=丑の刻に祈れば、鬼になれる場所」という、暗いイメージを、焼きつけた。さらに、この橋姫の物語を能にした、謡曲『鉄輪(かなわ)』が、それを広めた。夫に捨てられた女が、貴船の神託を得て、鬼と化し、夫を呪い殺そうとするが、陰陽師・安倍晴明の祈祷によって、退けられる――という筋立て。この能が広く知られ、「貴船=呪いの丑の刻」というイメージが、決定的になった。
そこに、当時流行していた、陰陽道の呪詛の作法が、混ざり込む。
ここで、大事なことを、確認しておきたい。
橋姫の物語にも、謡曲『鉄輪』にも――藁人形を、釘で打つ場面は、出てこない。
あの「藁人形に、五寸釘」という、丑の刻参りの代名詞のようなイメージ。あれは、本来の橋姫伝説にも、能にも、存在しない。後の世、おそらく江戸時代以降に、まったく別の呪術が、後から、合成されたものなのだ。
整理すると、こうなる。聖なる丑の刻の祈り(神の降臨の故事)。鬼女・橋姫の物語。それを能にした『鉄輪』。陰陽道の呪詛。そして、江戸期以降の、藁人形と五寸釘。これら、いくつもの層が、長い時間をかけて、混ざり合い、堆積して――「丑の刻参り=呪い」という、今のイメージが、出来上がった。
心願成就の祈りと、呪いの物語が、混ざって、混ざって、いまの「丑の刻参り=呪い」のイメージが、できあがった。どちらか一方だけが本物、ということではない。聖なる時刻という顔と、呪いという顔。その両方が、長い時間の中で、この時刻に、折り重なっている。
だから――実際に貴船を訪れて、「呪いの気配なんて、まるでない」「むしろ、すがすがしい」と感じるのは、おかしなことではない。きれいな水。涼しい谷。爽やかな空気。呪いの場所、という強いイメージは、後世の物語が、大きくふくらませた一面でもあるのだ。
だが、一つだけ、忘れてはならないことがある。
この谷は、祈りを、選ばない。
縁結びの祈りも。復縁の祈りも。そして、鬼になる祈りさえも。明神は、橋姫の祈りを、退けなかった。哀れと思い、鬼になる道を、教えてしまった。貴船の神は、願いの善悪を、裁かない。ただ、聞く。そして、円環の時間の中で、それを、増幅して、返す。
すがすがしい谷だ。でも、その清らかさの底には、どんな願いも増幅してしまう、おそろしさが、眠っている。あなたが、ここで、何を願うか。それは、すべて、あなた自身に、委ねられている。
覗いてはいけない穴 ―― 円環の、中心
円環の、中心へ、向かおう。
すべての水が湧き、すべての時間が始まり、すべての願いが集まる、その一点へ。奥宮へ。
本宮から、川に沿って、上流へ歩いていく。人が、減っていく。木々が、深くなる。光が、やわらかくなる。空気が、いちだんと、ひんやり、しっとりと、湿ってくる。川の音だけが、大きくなる。思ひ川の橋を渡り、禊の気持ちで、神域へ、入っていく。
そして、奥宮に、着く。
ここが、貴船神社の、いちばん古い場所。創建の地。もともと、社は、ここにあった。後に、天喜三年(一〇五五)、貴船川の氾濫で社殿が流損し、本宮は今の地へ遷されたが、この奥宮こそが、すべての始まりの場所だ。
境内は、しんと、している。本宮の、明るいにぎわいが、嘘のよう。木々に囲まれ、空気が、密度を持って、止まっている。観光地の喧騒が、ふっと、消える。涼しい、というより――冷たい。背筋が、自然と、伸びる。本宮の爽やかさとは、まるで違う。ここには、畏れがある。
そして、奥宮の本殿の、真下に――穴が、ある。
龍穴(りゅうけつ)。
巨大な、縦の穴。本殿は、この穴を、覆うように、建てられている。日本三大龍穴の一つに数えられる、神聖な龍穴。風水でいえば、大地のエネルギーが、地の底から噴き出す、出口。龍の、棲む処。
そして、この穴には、固い掟がある。覗いては、ならない。人の目で、直接見ることは、禁じられている。今も。神聖にして、不可侵。本殿の床の下に、闇のまま、封じられている。
掟を破ると、どうなるか。こんな伝説が、残っている。
文久年間――十九世紀のなかば。本殿の修理が、行われていた。作業をしていた、一人の大工が。誤って、手にしていた のみ を、その穴の中へ、落としてしまった。その、瞬間。一天にわかに、かき曇った。晴れていた空が、突然、黒い雲に覆われ、激しい風が、吹きすさぶ。そして、その風が、穴の底から、落ちたはずの のみ を、空中へと、吹き上げた。落ちた のみ が、宙を、舞った――。
この話は、京都市の公式の記録にも、この社の伝説として、残されている。
穴の底に、龍がいる。覗けば、見つめ返される。何かを落とせば、突き返される。だから、見てはならない。畏れ、距離を取り、その上にそっと社を建てて、祀る。
奥宮の本殿の前に、立つ。その足の、すぐ下に。覗いてはいけない、深い縦穴が、口を開けている。そして、その奥で、火から生まれた、循環する龍が、ゆっくりと、呼吸している。
谷を歩きながら聞いた、あの川の音。気持ちよかった、あの流れ。和泉式部が見た、蛍の光。橋姫が籠った、七日間。そのすべての源が、ここに、ある。水が巡り始める、円環の、中心。時間が湧き出す、最初の一点。
奥宮には、高龗神に加え、闇龗神も、ともに祀られているという。峰の龍と、谷の龍。昇る水と、降る水。明と暗、二つで一つの、循環する龍が、この一つの穴の上で、祀られている。円環の中心に、二つで一つの龍がいる。
そして、その龍を、誰も、見たことがない。
見てはいけない、のだから。永遠に、見えない。見えないまま、千年、信じられ、畏れられ、祈られてきた。円環の中心には、見えない龍がいる。それだけは、永遠に、確かめようがない。確かめられないからこそ、円環は、回り続ける。
本殿のかたわらには、もう一つ、見てはいけないものの痕跡がある。船形石(ふながたいわ)。創建神話で、玉依姫命が、黄色い船に乗って、大阪湾から淀川、鴨川、貴船川と、川をさかのぼり、この地にたどり着いて、水神を祀った。その黄船を、人目に触れぬよう、石で積み囲んで、隠したもの。なぜ隠したか、社伝は語らない。覗いてはいけない龍穴。隠された黄船。この谷では、いちばん大事なものは、いつも、見えないように、される。見えないものが、円環の、芯になる。
氣が生まれる根 ―― 涸れた者が、満ちる
円環の時間の谷には、もう一つ、ふさわしい名前がある。
貴船は、古くは「氣生根」とも、書かれた。
きふね。氣が、生まれる、根。
社名は、時代によって、さまざまに書かれてきた。「貴布禰」。「木船」。「黄船」。「気生嶺」。そして、「氣生根」。いまの「貴船」という表記に定まったのは、意外なほど新しく、明治四年(一八七一)のこと。それ以前、飛鳥の昔には、「気生根」「気生嶺」とも、記されていた。
氣が、生まれる、根。
大地の生命力=氣が、龍のように、地から立ち昇る、その根もと。神社の由緒は、ここを「神様の氣に触れるだけで、氣が満ちる場所」として、語ってきた。
ここで、もう一つの言葉を、並べてみたい。
「氣枯れ」。
穢れ――けがれ。この言葉の語源は、「氣・枯れ」だ、という説がある。氣が、枯れた状態。生命力が、しおれ、涸れた状態。それが、穢れ。
そう考えると、貴船は、その正反対の場所だ。氣枯れの地ではなく、氣生根の地。氣が枯れる場所ではなく、氣が生まれる場所。穢れ=氣枯れを祓い、心身に氣力を取り戻させる谷。
ここで、円環が、また、回る。
禊を、思い出してほしい。人は、思ひ川で、たまった穢れ=氣枯れを、水に流す。涸れた氣を、捨てる。そして、氣生根の地で、新しい氣を、満たす。枯れて、洗って、また満ちる。氣もまた、この谷で、循環している。
実際に、谷を歩いてみれば、わかる。
街の暑さで、ぐったりして、氣枯れの状態で、谷に入る。歩くうちに、川の冷気に冷やされ、水の音に包まれ、御神水を飲み、体が、だんだん、軽くなっていく。涸れていた氣が、満ちていく。
これは、スピリチュアルを信じる、信じない、という話ではない。実際に、この谷を歩くと、体が、軽くなる。元気になる。それは、誰が歩いても起きる、まぎれもない、体感だ。涸れた者が、満ちる。枯れた者が、生まれ直す。氣枯れの者が、氣生根で、よみがえる。
そして、その「氣」を、目に見える形で、味わえるのが、本宮の、御神水だ。
本宮の社殿の前。石垣の隙間から、こんこんと、水が、湧き出している。御神水。これまで一度も、涸れたことが、ないと言われる。夏は冷たく、冬は温かく、一年汲み置きしても、変質しない、とも。ひとくち、飲んでみる。冷たい。歩いてきた喉に、しみる。まろやかで、とげとげしさが、まったくない。山の石灰岩を、長い時間かけて通ってきた水。「生きている水」という感じが、する。
この御神水で、もう一つ、円環の遊びができる。水占みくじ(みずうらみくじ)だ。授与所でいただくおみくじは、真っ白で、何も書かれていない。それを、御神水に、そっと浮かべると、じわじわと、文字が浮かび上がってくる。大吉。吉。凶。願い事。待ち人。水が、運命を、教えてくれる。
そして――紙が乾くと、文字は、また、消える。
良い結果も、悪い結果も。水が乾けば、言葉も、消えていく。運命は、固定されない。水に書いた文字のように、現れては、消え、また、変わっていく。これもまた、巡る水の、円環の遊びだ。運命さえ、握りしめなくていい。流れて、消えて、また、変わるのだから。
涸れて、満ちる。現れて、消える。氣生根の谷では、すべてが、巡っている。
陰の谷、陽の山 ―― 貴船と鞍馬、龍になる木
地図を、開いてみてほしい。
貴船神社の、すぐ東。一つの山を挟んだ、向こう側。そこに、鞍馬寺(くらまでら)が、ある。
あなたが、出町柳から乗った、あの電車。「鞍馬行き」だった。貴船口の、一つ先が、鞍馬。二つの聖地は、それほど、近い。
鞍馬。幼い源義経――牛若丸が、天狗から、剣術と兵法を授かったと伝わる、山。毘沙門天を祀る、寺。燃え盛る松明が、夜を焦がす、火の祭り「鞍馬の火祭」で知られる、炎の、聖地。
貴船と鞍馬は、鞍馬山の、西と東。その間を、約一・五キロの、山越えの道が、つないでいる。多くの人が、鞍馬寺から山を越えて貴船へ、あるいは、その逆を、歩く。一つの山を、背骨にして、二つの聖地が、背中合わせに、ある。
そして、この二つには、深い因縁がある。
『日本後紀』は、こう伝える。延暦十五年(七九六)、東寺の造営にあたっていた、藤原伊勢人の夢に、貴船神社の神が現れ、「鞍馬寺を、建立せよ」と、託宣した、と。
鞍馬寺は、貴船明神の、お告げで、建てられた。陰の社が、陽の寺を、生んだ。水の神が、火と武の寺を、呼び寄せた。
並べてみる。
貴船――水の神。谷。陰。湿った闇。橋姫。縁結び。情念。流れる時間。 鞍馬――火と武。山上。陽。乾いた光。天狗・牛若丸。毘沙門天。闘争。
水と火。谷と峰。陰と陽。情と武。闇と光。完璧なまでに、対をなしている。
そして――これは、どこかで、見た構造だ。
高龗(峰の龍)と、闇龗(谷の龍)。明と暗で、一体の、循環する水神。土地そのものが、その龍の二面性を、なぞるように、陰陽の対に、なっている。神話の構造が、地形に、転写されている。一匹の循環する龍の、二つの顔が、貴船と鞍馬という、二つの土地になって、現れている。
おまけに、鞍馬には、現代の「氣」の物語もある。世界中に広まる、手当て療法、レイキ(霊気/REIKI)。その創始者・臼井甕男が、大正十一年(一九二二)、鞍馬山での修行の末に、その力を会得した、と伝えられる。鞍馬は、レイキ発祥の地でも、あるのだ。
陽の鞍馬は――氣を「放つ」場所として、世界へ、広がった。陰の貴船は――氣が「生まれる」根、すなわち「氣生根」として、千年、ここに、在り続けた。一つの山を挟んで、二つの「氣」が、それぞれの形で、噴き出している。放つ氣と、生まれる氣。火と、水。陽と、陰。
そして、この谷を歩いていると、ただならぬ木に、出会う。
本宮の境内に、桂(かつら)の御神木が、立っている。樹齢、約四百年。高さ、三十メートル。その姿が、異様だ。根もとから、いくつもの幹が分かれ、天に向かって伸び、上のほうで、八方へ、ぶわっと、枝を広げる。一本の木が、地から噴き上がり、空で、爆ぜるように、開く。その姿は、まるで――龍。
神社は、こう説く。桂の枝が八方に広がる様は、御神氣が、龍のごとく、大地から立ち昇る姿に、似ている。だからこそ、御神木と、仰がれる、と。「氣生根」――氣が生まれる根。龍の名を持つ水神。本殿下の龍穴。この桂は、それらを、一本の木で、体現している。根から、氣が、龍となって、立ち昇る。樹そのものが、龍であり、氣の噴出、そのもの。
そして、奥宮の神門のかたわらには、「連理の杉(れんりのすぎ)」がある。杉と、楓。本来、別の種の二本の木が、隣り合って生え、その枝が、くっついて、一体化している。きわめて珍しい木。異なる二つが、深く結ばれて、もはや離れない。連理の杉は、そのまま、縁結びの象徴。秋には、杉の緑と、楓の紅が、一本の木のなかで、混ざり合う。異なるものが、一つになる。陰と陽。高と闇。火と水。この谷は、ずっと、相反するものを、一つにしてきた。連理の杉は、その思想を、木そのもので、語っている。
この谷では、木さえも、祈りの形をしている。龍のように立つ桂。結ばれて離れぬ連理の杉。立っているだけで、龍であり、縁であり、氣の噴出である。
千年の係争 ―― 諦めなかった社
ここで、神話の時間から、人間の歴史の時間へと、降りてくる。
貴船神社には、霊験あらたかな神威の物語とは、別の顔がある。それは、数百年にわたって、自由を奪われ、それでも、戦い続けた社、という顔だ。
相手は、上賀茂神社(賀茂別雷神社)。
事の起こりは、平安時代。貴船は、もともと、独立した、格式高い社だった。延喜の制では、名神大社という、神社で最も高い格式に列せられ、霊験あらたかな二十二社の一つにも、数えられた。弘仁九年(八一八)以来、歴代の朝廷から、たびたび奉幣・祈願を受ける。日照りや長雨が続くたび、国家に有事があるたび、必ず、勅使が、この谷に、差し向けられた。格としては、申し分のない、名門だった。
ところが、平安時代の中期から後期にかけて。貴船は、上賀茂神社の「摂社」に、組み入れられてしまう。これによって、貴船は、祭祀権を失い、社地を失った。自らの神を、自らの裁量で祀る権利すら、上位の社に、握られる。独立した名門社が、別の社の、いち付属社へと、格下げされた。
理由の一つは、立地にあったと考えられている。貴船は、北方の山中、深い谷の奥に鎮座している。水害をはじめ、さまざまな事情で、たびたび参拝が、不可能になった。そこで上賀茂神社は、自らの境内に、貴船の御分霊を勧請して祀り、管理する側と、される側、主従の関係が、固まっていく。
そして、両社の確執は、やがて、暴力にまで、発展する。
南北朝時代の十四世紀。貴船と上賀茂の両社人のあいだで、境界をめぐる争いが、起きた。このとき、貴船の社殿が破却され、神宝が奪い取られる、といった事件が、相次いだという。神に仕える者同士が、神域で、奪い合い、壊し合った。
戦いは、江戸時代まで、持ち越される。貴船は、独立を求めて、幕府に、訴えを起こした。だが――いずれの訴訟でも、貴船神社は、敗れた。貴船は上賀茂神社の末社とする判決が、下される。完敗だった。
このとき、ある悲劇が、伝わっている。
訴訟の代表として、交渉にあたった、貴船神社の社人――舌弾正(ぜつだんじょう)という人物。彼は、敗訴という結果に、発狂したと伝えられる。そして、ほか二人とともに、切腹して、果てた、という。社の独立をかけて戦い、敗れ、自らの命を絶った男。これは神話ではない。すぐれて人間くさい、悲痛な歴史だ。氣が生まれる根、龍の棲む聖地――その美しい物語の裏側で、生身の人間たちが、社の誇りをかけて、数百年、争い続けていた。
そして、悲願は、ついに、叶う。
明治四年(一八七一)。貴船神社は、上賀茂神社から、独立を果たす。同年、官幣中社に指定され、社名も「貴船」と、正式に改められた。実に、数百年ぶりの、自由。舌弾正をはじめ、独立を願って斃れていった者たちの想いが、ようやく、報われた瞬間だった。
ここにも、円環の時間が、見える。
数百年。何度、敗れても。何度、奪われても。この社は、消えなかった。涸れることなく湧き続けた御神水のように。何度でも、立ち上がり、また、訴え、また、敗れ、それでも、また、立ち上がった。直線の時間なら、一度敗れれば、それで終わりだ。だが、この谷では、終わったものが、また始まる。敗れた願いが、巡って、また、戻ってくる。舌弾正の願いは、二百年、三百年の時を超えて、明治の独立として、ついに、巡り、戻り、叶えられた。
願いは、巡る。たとえ、何百年かかっても。この谷では、諦めなかった願いが、いつか、円を描いて、戻ってくる。
その執念深さもまた――願いを増幅し、決して諦めない、この谷の、一つの相なのだ。
水の上で、ごはんを食べる ―― いま、この一瞬を
ここまで、神話の時間、信仰の時間、歴史の時間――円環する、長い時間の話を、してきた。
でも、貴船には、もっと、短い、いまの時間の、よろこびもある。
夏のあいだだけ、この谷に、現れる、川床(かわどこ)だ。
川の上に、座敷が、張り出している。京都の街なかの鴨川にも「床(ゆか)」が出るが、あれは、川を見下ろす高さに組まれる。貴船のは、まるで違う。「かわどこ」と読み、川の、すぐ上に、ある。手を伸ばせば、流れに届く。素足を、そっと、水につけられる。
その川床に、降りていく。
建物の中を通って、川のほうへ。座敷に、足を踏み入れた、その瞬間。ひやっ、と、する。
それまで、歩いて火照っていた体が、降りた瞬間に、川の冷気に、包まれる。エアコンの、機械的な冷たさじゃない。もっと、生きた、湿った、やわらかい冷たさ。流れる水が、空気を冷やして、それが、足元から、すうっと、上ってくる。街なかより、十度近く、気温が低い。真夏なのに、肌寒いくらい。「さっきまで、汗だくだったのに」。降りてきた人は、みんな、同じことを、つぶやく。
座って、まず、足を、出す。座敷の端から、素足を、川の流れに、つける。冷たい。びっくりするほど、冷たい。山から湧いたばかりの、生まれたての水。火照った足が、じんわり、冷えていく。これだけで、もう、来た甲斐がある。
料理が、運ばれてくる。主役は、川魚。貴船川で獲れた、若鮎の塩焼き。注文が入るまで、生かして泳がせておいて、塩を振って、焼く。皮が、ぱりっと、焦げている。頭から、かぶりつく。香ばしくて、少し、ほろ苦い。骨まで、やわらかい。朱い点の散った、アマゴの唐揚げ。夏なら、京都の夏を代表する、鱧(はも)。会席として頼めば、先付から、お造り、焚合せ、天ぷら、吸い物、ご飯、デザートまで、十品以上が、順番に、出てくる。
でも、ここで食べるものの、本当のごちそうは、料理そのものじゃない。
水の上で、食べている、という、その状況が、ごちそうなのだ。
足元を、絶えず、川が流れている。その音を聞きながら、箸を動かす。すだれの隙間から、夏の光と、青もみじの緑が、ちらちら見える。風が、川の上を渡ってきて、首筋を、なでていく。涼しい。とにかく、涼しい。
そして、店によっては、流しそうめんが、名物だ。竹を半分に割った樋に、山から引いた冷たい水を流し、そこへ、そうめんを放つ。白い麺が、透明な水に乗って、青竹の上を、すべり落ちてくる。それを、箸で、つかむ。つかめれば、食べられる。つかみそこねたら――そのまま、流れて、いってしまう。
ここに、円環の時間の谷の、いちばん小さな、いちばん愛おしい、教えがある。
流れる水の前で、人に、できること。それは、ただ、いま, 目の前を流れていく、その一瞬を、つかむことだけだ。
時間は、流れる。止められない。「流れないでよ」と、どれだけ願っても、水は、流れていく。そうめんは、つかまなければ、流れ去る。あの人は、旅立ってしまう。夏は、終わってしまう。
でも――流れた水は、巡って、また、戻ってくる。来年も、貴船川には、蛍が舞う。来年の夏も、また、川床が、出る。また、ここに来れば、また、足を、冷たい流れに、つけられる。
だから、いまは、ただ、この一瞬を、つかめばいい。目の前のそうめんを、つかむように。冷たい水に、足をつけて、川の音を聞く、この一瞬を。
流れていくものを、惜しみながら。でも、また巡って戻ってくることを、知りながら。
それが、この谷で、水の上で、ごはんを食べる、ということなのだ。
なお、川床は、五月から九月末まで。雨が降れば、川が増水すれば、警報が出れば、中止になる。水神の谷だけに、最後は、水の機嫌しだい。恵みの水が、ご馳走を運び、荒ぶる水が、それを取り上げる。やさしい水と、おそろしい水。ここでも、二つで一つの龍が、顔を出す。
また、巡って、来る
谷を、下りる。
来たときよりも、体が、軽い。汗をかいて上った坂も、帰りは、足取りが、楽だ。体は、すっかり、谷の涼しさに、なじんでいる。氣枯れだった体に、氣が、満ちている。
帰り道も、ずっと、川が、隣にいる。行きと、同じ川。さらさら、ごうごう。でも、もう、ただの水の音には、聞こえない。
この水は、火から生まれた龍が、巡らせている水だ。海から雲へ、雲から雨へ、雨から川へ、川から海へ。終わりなく、巡る。明と暗、二つの顔を持つ、循環する龍。その円環の中で、人は禊をして時を巻き戻し、丑の刻に神の降臨が繰り返され、願いが何度も反響して、物語になる。和泉式部の魂は、蛍となって、毎年戻る光に。橋姫の嫉妬は、鬼となって、語り継がれる災厄に。舌弾正の願いは、数百年を巡って、独立に。
最初に、この谷に来たとき。あの水は、ただ、気持ちのいい、冷たい水だった。足をつければ、ひやっとして。飲めば、喉にしみて。川の上で食べるごはんは、最高に、涼しくて。それだけの、爽やかな谷だった。
でも、今は、違う。
同じ水なのに。同じ、さらさらという音なのに。その奥に、千年の物語が、見える。循環する龍が、見える。光と、闇が、見える。巡り、戻り、繰り返す、時間が、見える。
『リバー、流れないでよ』が、この谷で撮られたのは、だから、必然だった。
「時を止めたい」「同じ時間を、繰り返したい」という願いは、循環する水神の谷の、もっとも深い場所から、湧いてくる願いだった。脚本家は、土地から、物語を引き出した。引き出されたのは、この谷が千年抱えてきた、円環の時間、そのものだった。
水は、流れる。止まらない。「流れないでよ」と、どれだけ願っても、時は、流れていく。あの人は旅立ち、夏は終わり、蛍は消える。
それでも――流れた時は、円を描いて、また、ここへ、戻ってくる。
蛍は、毎年、戻ってくる。丑の刻は、毎晩、巡ってくる。禊をすれば、人は、また、最初に戻れる。終わったものが、また始まる。失われたものが、また巡ってくる。来年の夏も、また、川床は出るし、また、足を、冷たい流れに、つけられる。
貴船口の駅で、電車を待ちながら、最後に、もう一度、川の音を、聞く。街に戻れば、また、あの暑さが、待っている。でも、体の芯は、ひんやり、冷えたまま。喉に、御神水の冷たさが、残っている。氣生根で、もらった、氣。循環する龍に、触れた、感触。それを、持って、帰る。
そして、たぶん――また、来る。
水は巡る。時は巡る。願いも、巡る。だから、いつかまた、この谷に、巡って、戻ってくる。氣が枯れたら。水の音が、聞きたくなったら。あの「流れないでよ」という祈りの意味を、もう一度、確かめたくなったら。
流れないで、と願っても、時は、流れる。けれど、流れた時は、円を描いて、必ず、ここへ、戻ってくる。
それが、貴船という、谷だ。時間が、まっすぐには、流れない谷。すべてが、巡って、また、戻ってくる谷。
訪れる前に
行き方: 叡山電鉄「貴船口」駅から、谷の奥へ。神社まで歩いて約30分(上り坂。夏は汗をかくが、その分、谷の涼しさが効く)。歩きたくなければ、貴船口駅前から京都バスで「貴船」下車。観光シーズンはバスが混むので、時間に余裕を。
いつ行く: 夏(川床と青もみじ。街が暑いほど谷の涼しさが際立つ)。秋(紅葉とライトアップ、叡電「もみじのトンネル」の特別運転)。冬(灯籠に雪。映画『リバー、流れないでよ』の、あの世界)。春(桜と若葉)。蛍は6月下旬〜7月、和泉式部が魂を見た光が、今も、毎年、巡って戻る。
参拝: 本宮・結社・奥宮の三社をめぐるのが基本。御神水は飲め、持ち帰りも可。水占みくじは御神水に浮かべて読む(乾くと文字が消える――これも、巡る水の遊びだ)。奥宮まで行くなら、それなりに歩くので、歩きやすい靴で。
川床: 5月〜9月末。人気店は予約必須(電話のみが多い)。雨天・増水・警報時は中止。当日朝の天候で判断されることが多い。水神の谷ゆえ、最後は、水の機嫌しだい。
VIBES TOURISM / 流れないで、と願う谷。京都・貴船にて。
貴船 巡礼ナビ
貴船口駅
叡山電車の最寄り駅。バス「貴船」下車徒歩5分、または川沿いを徒歩約30分。川床の店を眺めながら歩くのも一興。
本宮
水の神・高龗神を祀る。朱の春日灯籠が連なる石段が絶景。水占みくじは水に浮かべて占う名物。
奥宮
三社詣の正式順は本宮→奥宮→結社。本宮から川沿いを上流へ。諸願成就のご利益。船形石の伝説が残る。
結社(中宮)
磐長姫命を祀る縁結びの社。本宮と奥宮の間にあり、帰り道で参拝。和泉式部の復縁祈願の故事で名高い。
川床で食事
5〜9月は川の上の席で涼を取りながら会席を。秋冬は店内から川を眺めて。予算は下のカード参照。要予約の店が多い。
帰路
歩き疲れたら貴船バス停から貴船口駅へバスで戻るのが楽。送迎バスのある料亭もある(要予約)。


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