流れないでよ ―― 京都・貴船、時間が巡る谷
川よ、流れないでよ。
時間が巡る谷、貴船。
KIFUNE — NEON PILGRIMAGE
水神の谷で、なぜ「時を止めたい」物語が生まれるのか。火から生まれた循環する龍、禊、丑の刻、蛍と鬼。すべてが巡って、また戻ってくる谷へ。
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もくじ
- その水の音に、耳を澄ますと
- 火を斬った血から生まれた、循環する龍
- 時を巻き戻す水、繰り返し降りてくる神
- 願いは、巡って、増幅する ── 蛍と鬼
- 覗いてはいけない穴 ── 円環の、中心
- 水の上で、ごはんを食べる ── いま、この一瞬を
ある一本の映画の話から、始めたい。『リバー、流れないでよ』。二〇二三年に公開された、京都の貴船を舞台にした、タイムループの映画だ。
舞台は、冬の貴船。雪のちらつく貴船川のほとりに建つ、老舗の料理旅館。そこで働く仲居のミコトが川のほとりに佇んでいると、女将に呼ばれて仕事に戻る。ところが、その二分後――気づくと、また同じ川の前に立っている。
ミコトだけじゃない。番頭も、料理人も、女将も、宿泊客も。旅館にいる全員が、二分ごとに元いた場所へ引き戻されてしまう。熱燗は、いつまで待っても熱くならない。〆の雑炊は、食べても食べてもなくならない。書きかけの手紙は、二分経つとまた白紙に戻る。誰も、その二分から先へ進めない。同じ二分を、何度も、何度も。
奇妙な映画だ。そして、もっと奇妙なのは――なぜ、よりにもよって貴船で、こんな映画が撮られたのか、ということだ。
脚本を書いたのは、京都の劇団・ヨーロッパ企画の上田誠。彼はこの映画の成り立ちについて、はっきりとこう語っている。面白いタイムループの物語が先にあって、それを撮る場所として貴船を選んだ、のではない。順番は逆だ。まず、貴船を撮りたいという気持ちが先にあった。この土地に立ってロケハンをして、「ここで、いったいどんな物語を始められるだろうか」と考えた。そうして考えに考えた末に、あの「二分間が巡り続ける」というルールに行き着いた。
土地が、先。物語は、後から、その土地が決めた。これは覚えておいてほしい。貴船という谷が、物語を呼んだのだ。
しかも、その物語の芯にあるのはこういうドラマだ。主人公のミコトには、心を寄せる相手がいる。だが、その相手が貴船という小さな谷を出て、遠くへ行こうとしている。ミコトはそれを止めたい。行かないでほしい。離れたくない。けれど、面と向かっては言えない。その、言えないまま胸の中でふくらんでいく「行かないで」という願い。その願いにぴったりと重なるように、貴船から、誰も出られなくなる。二分間のループが起こる。
行かないで、が。時間よ、流れないで、になる。タイトルの「流れないでよ」は、一見、目の前を流れる貴船川に向かってつぶやいているように見える。だが、本当に「流れないで」と言われているのは、川ではない。時間だ。あの人が旅立つ、その瞬間を来させたくない。だから、時間よ、流れないでよ。
ここで、いったん立ち止まってほしい。「時の流れを止めたい」。「同じ時間を繰り返したい」。そういう願いを、よりにもよって貴船という土地で描いている。これは、ただの偶然なんだろうか。
貴船は、水の神を祀る谷だ。水を司り、川を流し、雨を降らせる神。流れることの神。その「流れの神」の足元で、「流れないでほしい」という映画が撮られた。これほどちぐはぐな取り合わせもない。なのに――観てみると、その取り合わせが奇妙なほどしっくりくるのだ。なぜか。
貴船は――もともと、時間がまっすぐには流れない谷だからだ。水が巡る。禊で時が巻き戻る。神が同じ時刻に何度も降りてくる。直線ではなく、円環。ぐるぐると巡り、戻り、繰り返す時間。その感覚が、この谷には千年以上、染み込んでいる。これから、その話をする。水の音を、聞きに行こう。
第一章 その水の音に、耳を澄ますと
まず、実際に貴船へ行ってみる。行くなら、夏がいい。京都の街なかの夏は、うだるように暑い。盆地の底に熱がたまる。こういう日は、街にいてはいけない。北へ逃げる。
叡山電鉄の出町柳駅から、二両編成の小さな電車に乗る。鞍馬行き。電車が北へ走るにつれて、窓の外の景色が変わっていく。家が減り、緑が増える。市原を過ぎたあたりから、線路の両側を木々が覆いはじめる。「もみじのトンネル」と呼ばれる区間。秋には燃えるような紅葉になるこの一帯も、夏は目の覚めるような青もみじ。窓いっぱいに、緑が流れていく。
そして、貴船口(きぶねぐち)駅で降りる。電車を降りた、その瞬間。空気が違う。街の、あの粘りつくような熱気がない。風が通る。蝉の声に混じって、どこかから水の音が聞こえてくる。ここから、谷が始まる。
貴船。地名としては「きぶね」と濁って読むけれど、この谷の奥にある神社の名は「きふね」と濁らない。水を司る神を祀る社だから、その水がいつまでも濁らないようにと、社名だけは澄ませて読む。そう言われている。名前の読み一つにまで、水への祈りが込められている。
谷を、歩いて上る。貴船口の駅から神社のある谷の奥までは、二キロほど。道は貴船川にぴったりと寄り添って、ゆるやかに上っていく。歩いていると、ずっと左手から川の音がついてくる。さらさら。ごうごう。ちょろちょろ。場所によって、水の音が変わる。歩くリズムに合わせて、川がずっと話しかけてくる。
ときどき立ち止まって、川を覗き込む。水が透明だ。底の石が一つひとつはっきり見える。岩は深い緑の苔に覆われ、川のしぶきにしっとりと濡れている。木々の葉のあいだから、夏の光が斑になって落ちてくる。緑と、水と、光。
歩いているうちに気づく。さっきまで止まらなかった汗が、いつのまにか引いている。谷の奥に進むほど、気温が少しずつ下がっていく。川が運んでくる冷たい空気と、頭上を覆う木々の影が、谷全体を天然の冷蔵庫のようにしている。同じ京都市内とは思えない。
その音にじっと耳を澄ましていると、ふと奇妙な気持ちになる。この水は、いったいどこから来ているのだろう。谷を上へ上へとたどっていけば、その先に源がある。その、いちばん最初の一滴が湧く場所。そこが、この谷の奥のいちばん奥。貴船神社の奥宮だ。
そして人は、千年以上ものあいだ、この水をただの水だとは思ってこなかった。龍だと思ってきた。足をつければ気持ちがいい。飲めばうまい。でも、それは龍のたった一つの顔にすぎない。同じ水が、ひとたび暴れれば、堤を破り、村を流し、人を呑む。実際、貴船の社殿も、かつて川の氾濫で流された歴史がある。やさしい水と、おそろしい水。その両方が、同じ一匹の龍だ。その龍の名を、高龗神(たかおかみのかみ)という。そして、この龍こそが――貴船の時間を円環にしている、張本人なのだ。
第二章 火を斬った血から生まれた、循環する龍
高龗神の生まれは、おだやかな水のイメージとはまるで違う。むしろ血なまぐさい。火と死から生まれている。
物語は、日本神話のいちばんはじめにさかのぼる。イザナギとイザナミ。二柱の神が国を生み、神々を次々と生んでいく。だが――火の神カグツチ(軻遇突智)を生んだとき。母であるイザナミは、我が子の燃え盛る炎に焼かれて命を落とす。世界にはじめて「死」が訪れた瞬間だった。
最愛の妻を、自分たちが生んだ火の神に焼き殺された。イザナギは悲しみと怒りに我を失う。そして剣を抜き、生まれたばかりの我が子――火の神カグツチの首を斬り落とす。その、ほとばしる血から。斬られた体から。また新たな神々が生まれた。
『古事記』では、剣についた血がイザナギの手の指のあいだから滴り落ち、そこから闇龗神をはじめとする水の神々が成ったと伝える。『日本書紀』の一書では、斬られたカグツチの体が三つに分かれ、それぞれから雷の神、山の神、そして水の神・高龗神が成った、と。火の神を斬り殺した、その死から。水の神が生まれた。
この神は、生まれたときから相反するものを一身に背負っている。光と闇、生と死、火と水を、その出生の瞬間から同時に抱えた神。だからこそ、この神の谷では、後に見るように、縁を結ぶ光の物語と、人を鬼に変える闇の物語が、同じ場所で生まれることになる。
そして、名前そのものに秘密がある。「龗」という字。いちばん下に「龍」がいる。その上に「口」が三つ並ぶ。さらにその上を「雨」が覆っている。並んだ三つの口は、神に祈りを捧げるための器を表すという。つまりこの一字は、それ自体が――雨の下でいくつもの器を並べ、龍に向かって雨を乞う、その雨乞いの神事の光景をまるごと描いている。文字が、祈りそのものなのだ。
龗とは、龍の古い言葉。水を司る蛇身の神を意味する。江戸時代の儒学者・林羅山も、その著のなかで高龗を龍神の類だと記している。名前そのものが、最初から龍を名乗っている。「高」は山の高い峰。高き峰の龍だ。
さて、ここからがこの谷と「時間」とを結ぶ、最初の鍵になる。ある神社の解説は、この神の本質をこう言い切っている。高龗神は、自然の水循環そのものを神格化した存在である、と。
水循環。水は、海から蒸発して雲になる。雲は風に運ばれて山に雨を降らせる。雨は地に染み込み、川となって谷を下り、やがて海へ還る。そして海から、また蒸発して雲になる。終わりがない。始まりもない。ぐるぐると永遠に巡り続ける。高龗神とは、その「巡り続けるもの」そのものの神なのだ。回って、戻って、また回る。循環する水、その円環の運動を、そのまま神にした存在。
そして、この神には対になるもう一柱の龍がいる。闇龗神(くらおかみのかみ)。同じく火神の死から生まれた水の龍。「高」は山の高い峰を、「闇」は深い谷間を指す。高い峰に降りそそぐ雨と、暗い谷を流れ下る水。同じ水の、二つの局面。そして重要なのは――この二柱は、対であると同時に「同じ神」だとも言われていることだ。一匹の龍が、高(峰)と闇(谷)、二つの顔を持つ。峰に昇り、谷に降り、また昇る。貴船の神は、最初から円環なのだ。
ここまで来ると、あの映画の祈りが、なぜこの谷で生まれたのか、その輪郭が見えてくる。「川よ、流れないでよ」。流れて巡る神の足元で、人はその流れを止めたいと願う。けれど、流れた水は巡って、また戻ってくる。流れた時も――この谷では、巡って、また戻ってくるのかもしれない。神の本質と人の願いが、「流れ」というたった一点で真正面から向き合っている。だから、あの映画はしっくりくるのだ。
第三章 時を巻き戻す水、繰り返し降りてくる神
円環の時間を示すものは、神話の中だけの話ではない。この谷を歩けば、実際にその「円環」に触れることができる。禊(みそぎ)だ。
奥宮へ向かう参道の入り口あたり。思ひ川(おもいがわ)という小さな流れに橋が架かっている。だが、この川にはもう一つ、古い名がある。御物忌川(おものいみがわ)。物忌み――心身を清め、穢れを避け、神に対する準備をととのえること。昔、まだ貴船の本宮がこの奥にあったころ。社に参詣する人は、必ずこの川で禊をしたと言われる。俗世でまとってきた穢れを、すべてこの水に洗い落とす。そうして初めて、神域へ足を踏み入れることが許された。
この「禊」という行為の意味を、じっくり考えてみてほしい。禊の起源は神話にある。妻イザナミを追って死者の国・黄泉国まで降りていったイザナギ。だが、変わり果てた妻の姿に恐れをなし、命からがら地上へと逃げ帰る。そして、黄泉の国でまとった死の穢れを祓うため、川の河口で水に入り、全身を清めた。それが、禊の始まりとされている。死の国から戻り、水に入り、元の清らかな自分に戻る。これは――時間を巻き戻す行為にほかならない。
穢れとは何か。それは、生きていれば誰の身にも自然とたまっていくよごれだ。時間が経てば経つほど、人は知らず知らず穢れをまとっていく。時間の経過とは、ある意味で穢れが積もっていく過程でもある。その、積もった穢れを、水でいったん洗い流す。ゼロに戻す。最初の、生まれたての清浄な状態へ。
神社で半年に一度、大祓(おおはらえ)という行事が行われるのも、これと同じ思想だ。六月の晦日と十二月の晦日。人はその半年でたまった穢れを人形(ひとがた)に移して祓い流す。半年というサイクルで、人は何度も何度も「最初」に戻り続ける。日本の信仰における時間は、一直線に汚れていくだけのものではない。水に入るたび、祓うたび、人は「最初」に戻る。巻き戻して、やり直す。リセットして、また始める。
ここで、もう一度あの映画を思い出してほしい。『リバー、流れないでよ』で、登場人物たちは二分ごとに「初期位置」に引き戻された。何度も何度も最初に戻される。あれと――禊は、構造が同じなのだ。ループして元の場所に戻る。やり直す。その感覚は、SF映画が発明した新しいものではない。水で時を巻き戻す「禊」という形で、貴船の参道に千年以上前から、ずっと流れていた。
円環の時間を示す、三つめの鍵。それはこの谷の「時刻」そのものに刻まれている。貴船には、丑の刻参り(うしのこくまいり)の伝説がある。多くの人はこの言葉から、おどろおどろしい「呪い」を連想するだろう。だが、それは後の世に作られた大きな誤解で、本来の意味はまったく違う。
貴船神社の創建の伝承によれば、こうだ。貴船の大神は、太古の昔、「丑の年の、丑の月の、丑の日、丑の刻」に、天上から貴船山の中腹にある鏡岩(かがみいわ)へと降臨した。すべてが「丑」でそろっている。神が地上に降り立った、その聖なる時刻。だからこそ、丑の刻に祈ることには、神の降臨に立ち会うがごとき特別な霊験があるとされた。本来は、聖なる祈りの時刻だった。神に、いちばん近づける奇跡の時間。
ここで注目してほしいのは、「時刻」が繰り返すということだ。神が降臨したのは、太古のただ一度きりの出来事だ。直線的な時間の感覚でいえば、それははるか昔の一点で起こり、もう二度と戻ってこない出来事のはず。ところが――丑の刻は、毎晩巡ってくる。丑の日は、毎月巡ってくる。丑の年は、十二年ごとに巡ってくる。その時刻が巡ってくるたびに、太古のあの降臨の瞬間が、もう一度「再現」される。これは、円環の時間でなければ成り立たない感覚だ。
水は巡る。禊で時は戻る。そして丑の刻に、神は繰り返し降りてくる。貴船の時間は、三重に円環している。水循環という自然の円環。禊という人の営みの円環。丑の刻という神事の円環。三つの円環が、この谷で重なり、回り続けている。『リバー、流れないでよ』がこの谷で二分間の円環を描いたのは、だから必然だったのだ。土地の時間が、物語の形を決めた。
第四章 願いは、巡って、増幅する
時間が巡る谷では、願いもまた巡る。一度発せられた願いは、その場で消えてしまわない。円環の時間の中をぐるぐると巡り続ける。巡るうちに、共鳴し、反響し、増幅されていく。そしてある臨界を超えたとき――願いは、現実の形をとりはじめる。それを誰よりもはっきりと示すのが、この谷に伝わる二人の女の物語だ。
まず、光のほうから。平安の世。一人の女がこの谷を上った。和泉式部(いずみしきぶ)。情熱的な恋の歌を数多く残した、平安を代表する女流歌人。だが、このとき彼女が抱えていたのは、新しい恋の高揚ではなかった。夫・藤原保昌の心変わり。愛されなくなり、心が離れていく。その身を切るような苦しみを胸に、彼女は貴船神社に参詣する。離れていく夫の心を、もう一度結び直すために。
そして、貴船川のほとりで――蛍を見た。夏の夜だった。川面を、無数の蛍が舞っていた。はかなく、青白い光が、闇のなかで明滅する。その光景を前に、彼女は一首を詠む。後に『後拾遺和歌集』に収められた、あまりにも名高い歌。「ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる」。――もの思いに深く沈んでいると、沢を飛ぶ蛍の光さえも、まるで自分の身から抜け出してさまよい出た魂のように見える。
恋に悩むあまり、自分の魂が肉体から抜け出してしまった。目の前を漂うあの蛍の光は、外を飛ぶ虫なのではなく――自分自身の、体を離れてさまよい出た魂なのではないか。幽体離脱のような、凄絶な恋の歌だ。
そして、貴船はこの願いに応えたと伝わる。貴船明神は和泉式部の祈りを聞き届けた。夫の心は戻り、夫婦の仲は円満に戻ったという。明神自身が、彼女に返歌を詠んだとも伝えられる。神が、人の恋に、歌で応えた。
ここで、円環の時間がまた顔を出す。和泉式部が自らの魂を見たその場所は、後に「蛍岩(ほたるいわ)」と呼ばれるようになった。そして今も――毎年、初夏になると、貴船川には蛍が舞う。六月の下旬から七月にかけて。千年前、和泉式部が見たあの青白い光が、同じ場所に、毎年、巡って戻ってくる。彼女の願いは消えなかった。蛍となって、毎年この谷に巡り、戻り続けている。願いは巡る。光となって、何度でも戻ってくる。
だが――同じこの谷で。同じように夫に裏切られた、もう一人の女がいた。その女は、復縁を願わなかった。呪いを願った。
時は、嵯峨天皇の御代と伝わる。ある公卿の娘がいた。深く愛する男がいた。だが、男の心はほかの女へと移った。娘は捨てられた。和泉式部と同じ、同じ裏切り、同じ傷。だが、娘の胸に湧き上がったのは悲しみではなかった。嫉妬。そして――殺意。あの女を殺したい。生きながら、鬼になってでも。
娘は、貴船神社に籠った。七日間。そしてこう祈った。――帰命頂礼、貴船の明神。願わくは、わらわを、生きながら鬼になしてください。恨めしいと思うあの女を、取り殺したいのです。普通の神なら退けるだろう。だが――貴船の明神は、この祈りを退けなかった。哀れに思ったのだ。そしてこう告げた。――まことに不憫である。本当に鬼になりたいのなら、姿を変えて宇治川の流れの速いところに行き、二十一日のあいだ浸りなさい。さすれば鬼になそう。神が、鬼になる方法を教えた。
ここに、この谷の龍の本質がむき出しになる。明暗を併せ持つ循環する龍。和泉式部の「戻ってきて」という願いにも、この娘の「殺したい」という願いにも、同じように応えてしまう。願いの善悪を裁かない。発せられた願いの、強さだけに応える。
娘は喜んで都に帰り、その身を変えていく。長い髪を五つに分け、五本の角の形に結い上げる。顔に朱を塗り、体を丹で赤く染める。頭には三本脚の鉄の輪――鉄輪(かなわ)を逆さに載せ、その三本の脚に松明を燃やす。さらに別の松明を口にくわえ、その両端に火をつける。炎を頭に戴き、口に火をくわえ、全身を真っ赤に燃やした鬼の姿。そして宇治川に二十一日間浸かった。娘は――生きながら、鬼になった。
これが「宇治の橋姫(うじのはしひめ)」。『平家物語』の異本「剣巻(つるぎのまき)」や『源平盛衰記』に伝わる、鬼女の物語。鬼となった橋姫は、まず妬んだ女を殺し、次にその縁者を、男を殺し、ついには身分の上下も男も女も構わず、見境なく人を殺していったと伝えられる。一つの嫉妬が、無差別の殺戮へと膨れ上がっていく。これこそ、願いが円環の中で暴走した姿だ。和泉式部の願いが蛍という美しい光になって巡り続けたように、橋姫の願いは鬼という止まらない災厄になって増幅し続けた。
物証も残っている。橋姫が頭に載せた鉄輪を置いたと伝わる「鉄輪掛石(かなわのかけいし)」が、叡山電鉄・貴船口駅のかたわらにあるという。あなたが電車を降りる、あの駅。そのすぐ近くに。鬼となった橋姫はやがて都に舞い戻り、一条戻橋で源頼光の四天王・渡辺綱に斬りかかり、片腕を切り落とされる。一説に、この鬼は後の茨木童子と同じ存在だとも言われている。
光の女と闇の女。和泉式部は蛍に魂を飛ばし、復縁を得た。橋姫は鬼に身を変え、殺戮に堕ちた。同じ谷で、同じ裏切りから。願いの強さはまったく同じ。ただ、向きが逆だっただけ。明暗を併せ持つ循環する龍の谷は、その両方を生んだ。そして、その両方を今も巡らせ続けている。
なお、「丑の刻参り=呪い」というイメージは、この橋姫の物語と、それを能にした謡曲『鉄輪(かなわ)』、そこに江戸期以降の藁人形と五寸釘の呪術が後から合成されてできあがったものだ。橋姫の物語にも能にも、藁人形を釘で打つ場面は出てこない。本来の丑の刻は、神の降臨に立ち会う、心願成就の聖なる時刻だった。聖なる時刻という顔と、呪いという顔。その両方が、長い時間の中でこの時刻に折り重なっている。実際に貴船を訪れて「むしろすがすがしい」と感じるのは、おかしなことではない。だが、一つだけ忘れてはならない。この谷は、祈りを選ばない。あなたがここで何を願うか。それは、すべてあなた自身に委ねられている。
第五章 覗いてはいけない穴 ── 円環の、中心
円環の中心へ向かおう。すべての水が湧き、すべての時間が始まり、すべての願いが集まる、その一点へ。奥宮へ。
本宮から川に沿って上流へ歩いていく。人が減っていく。木々が深くなる。空気がいちだんとひんやり、しっとりと湿ってくる。川の音だけが大きくなる。思ひ川の橋を渡り、禊の気持ちで神域へ入っていく。そして、奥宮に着く。ここが貴船神社のいちばん古い場所。創建の地。もともと社はここにあった。後に天喜三年(一〇五五)、貴船川の氾濫で社殿が流損し、本宮は今の地へ遷されたが、この奥宮こそがすべての始まりの場所だ。
境内はしんとしている。本宮の明るいにぎわいが嘘のよう。木々に囲まれ、空気が密度を持って止まっている。涼しい、というより――冷たい。背筋が自然と伸びる。ここには畏れがある。そして、奥宮の本殿の真下に――穴がある。龍穴(りゅうけつ)。巨大な縦の穴。本殿はこの穴を覆うように建てられている。日本三大龍穴の一つに数えられる、神聖な龍穴。風水でいえば、大地のエネルギーが地の底から噴き出す出口。龍の棲む処だ。
そして、この穴には固い掟がある。覗いてはならない。人の目で直接見ることは禁じられている。今も。神聖にして不可侵。本殿の床の下に、闇のまま封じられている。掟を破るとどうなるか。こんな伝説が残っている。文久年間――十九世紀のなかば。本殿の修理が行われていた。作業をしていた一人の大工が、誤って手にしていた のみ をその穴の中へ落としてしまった。その瞬間。一天にわかにかき曇った。晴れていた空が突然黒い雲に覆われ、激しい風が吹きすさぶ。そして、その風が穴の底から、落ちたはずの のみ を空中へと吹き上げた。この話は、京都市の公式の記録にも、この社の伝説として残されている。
奥宮の本殿の前に立つ。その足のすぐ下に、覗いてはいけない深い縦穴が口を開けている。そして、その奥で、火から生まれた循環する龍がゆっくりと呼吸している。谷を歩きながら聞いた、あの川の音。和泉式部が見た蛍の光。橋姫が籠った七日間。そのすべての源が、ここにある。水が巡り始める、円環の中心。時間が湧き出す、最初の一点。
奥宮には、高龗神に加え闇龗神もともに祀られているという。峰の龍と谷の龍。明と暗、二つで一つの循環する龍が、この一つの穴の上で祀られている。そして、その龍を誰も見たことがない。見てはいけないのだから。見えないまま、千年、信じられ、畏れられ、祈られてきた。確かめられないからこそ、円環は回り続ける。
本殿のかたわらには、もう一つ見てはいけないものの痕跡がある。船形石(ふながたいわ)。創建神話で、玉依姫命が黄色い船に乗って大阪湾から淀川、鴨川、貴船川と川をさかのぼり、この地にたどり着いて水神を祀った。その黄船を、人目に触れぬよう石で積み囲んで隠したもの。覗いてはいけない龍穴。隠された黄船。この谷では、いちばん大事なものは、いつも見えないようにされる。見えないものが、円環の芯になる。
貴船は、古くは「氣生根」とも書かれた。きふね。氣が、生まれる、根。大地の生命力=氣が、龍のように地から立ち昇る、その根もと。神社の由緒は、ここを「神様の氣に触れるだけで氣が満ちる場所」として語ってきた。ここでもう一つの言葉を並べてみたい。「氣枯れ」。穢れ――けがれ。この言葉の語源は「氣・枯れ」だという説がある。氣が枯れた状態。生命力がしおれ、涸れた状態。それが穢れ。そう考えると、貴船はその正反対の場所だ。氣枯れの地ではなく、氣生根の地。穢れ=氣枯れを祓い、心身に氣力を取り戻させる谷。
禊を思い出してほしい。人は思ひ川でたまった穢れ=氣枯れを水に流す。涸れた氣を捨てる。そして氣生根の地で、新しい氣を満たす。枯れて、洗って、また満ちる。氣もまた、この谷で循環している。実際に谷を歩いてみればわかる。街の暑さでぐったりして氣枯れの状態で谷に入る。歩くうちに川の冷気に冷やされ、水の音に包まれ、御神水を飲み、体がだんだん軽くなっていく。涸れていた氣が満ちていく。これはスピリチュアルを信じる信じないという話ではない。実際に、この谷を歩くと体が軽くなる。誰が歩いても起きる、まぎれもない体感だ。
その「氣」を目に見える形で味わえるのが、本宮の御神水だ。本宮の社殿の前。石垣の隙間から、こんこんと水が湧き出している。これまで一度も涸れたことがないと言われる。ひとくち飲んでみる。冷たい。まろやかで、とげとげしさがまったくない。山の石灰岩を長い時間かけて通ってきた水。「生きている水」という感じがする。この御神水で、水占みくじ(みずうらみくじ)ができる。真っ白なおみくじを御神水に浮かべると、じわじわと文字が浮かび上がってくる。そして――紙が乾くと、文字はまた消える。良い結果も悪い結果も、水が乾けば言葉も消えていく。運命は固定されない。これもまた、巡る水の円環の遊びだ。
本宮の境内には、樹齢約四百年、高さ三十メートルの桂の御神木が立っている。根もとからいくつもの幹が分かれ、天に向かって伸び、上のほうで八方へぶわっと枝を広げる。一本の木が地から噴き上がり、空で爆ぜるように開く。その姿は、まるで龍。神社はこう説く。桂の枝が八方に広がる様は、御神氣が龍のごとく大地から立ち昇る姿に似ている。だからこそ御神木と仰がれる、と。樹そのものが龍であり、氣の噴出そのものだ。
そして、奥宮の神門のかたわらには「連理の杉(れんりのすぎ)」がある。杉と楓。本来、別の種の二本の木が隣り合って生え、その枝がくっついて一体化している。きわめて珍しい木。異なる二つが深く結ばれて、もはや離れない。陰と陽。高と闇。火と水。この谷はずっと、相反するものを一つにしてきた。連理の杉は、その思想を木そのもので語っている。
地図を開いてみてほしい。貴船神社のすぐ東、一つの山を挟んだ向こう側に鞍馬寺(くらまでら)がある。幼い源義経――牛若丸が天狗から剣術と兵法を授かったと伝わる山。炎の祭り「鞍馬の火祭」で知られる炎の聖地。『日本後紀』は、延暦十五年(七九六)、藤原伊勢人の夢に貴船神社の神が現れ「鞍馬寺を建立せよ」と託宣したと伝える。陰の社が、陽の寺を生んだ。水の神が、火と武の寺を呼び寄せた。貴船は水・谷・陰・情念。鞍馬は火と武・山上・陽・闘争。水と火、谷と峰、陰と陽。完璧なまでに対をなしている。これは、高龗(峰の龍)と闇龗(谷の龍)――明と暗で一体の循環する水神の構造が、そのまま地形に転写されたものだ。
最後に、神話の時間から人間の歴史の時間へ降りてくる。貴船神社には、霊験あらたかな物語とは別の顔がある。数百年にわたって自由を奪われ、それでも戦い続けた社、という顔だ。相手は上賀茂神社。もともと独立した名門社だった貴船は、平安中期から後期にかけて上賀茂神社の摂社に組み入れられ、祭祀権も社地も失った。両社の確執はやがて暴力にまで発展し、戦いは江戸時代まで持ち越される。貴船は独立を求めて幕府に訴えを起こすが、いずれの訴訟でも敗れた。訴訟の代表として交渉にあたった社人・舌弾正(ぜつだんじょう)は、敗訴に発狂し、ほか二人とともに切腹して果てたと伝わる。美しい物語の裏側で、生身の人間たちが社の誇りをかけて数百年争い続けていた。
そして、悲願はついに叶う。明治四年(一八七一)、貴船神社は上賀茂神社から独立を果たす。同年、官幣中社に指定され、社名も「貴船」と正式に改められた。数百年ぶりの自由。ここにも円環の時間が見える。何度敗れても、この社は消えなかった。涸れることなく湧き続けた御神水のように、何度でも立ち上がった。舌弾正の願いは、二百年、三百年の時を超えて、明治の独立としてついに巡り、戻り、叶えられた。願いは巡る。たとえ何百年かかっても。この谷では、諦めなかった願いが、いつか円を描いて戻ってくる。
第六章 水の上で、ごはんを食べる ── いま、この一瞬を
ここまで、神話の時間、信仰の時間、歴史の時間――円環する長い時間の話をしてきた。でも、貴船にはもっと短い、いまの時間のよろこびもある。夏のあいだだけ、この谷に現れる川床(かわどこ)だ。
川の上に座敷が張り出している。京都の街なかの鴨川にも「床(ゆか)」が出るが、あれは川を見下ろす高さに組まれる。貴船のはまるで違う。「かわどこ」と読み、川のすぐ上にある。手を伸ばせば流れに届く。素足をそっと水につけられる。その川床に降りていく。座敷に足を踏み入れた、その瞬間。ひやっとする。それまで歩いて火照っていた体が、降りた瞬間に川の冷気に包まれる。エアコンの機械的な冷たさじゃない。もっと生きた、湿った、やわらかい冷たさ。街なかより十度近く気温が低い。真夏なのに肌寒いくらい。
座って、まず足を出す。座敷の端から素足を川の流れにつける。冷たい。びっくりするほど冷たい。山から湧いたばかりの、生まれたての水。火照った足がじんわり冷えていく。これだけで、もう来た甲斐がある。
料理が運ばれてくる。主役は川魚。貴船川で獲れた若鮎の塩焼き。皮がぱりっと焦げている。頭からかぶりつく。香ばしくて、少しほろ苦い。骨までやわらかい。夏なら、京都の夏を代表する鱧(はも)。会席として頼めば、先付からお造り、焚合せ、天ぷら、吸い物、ご飯、デザートまで十品以上が順番に出てくる。でも、ここで食べるものの本当のごちそうは料理そのものじゃない。水の上で食べている、というその状況がごちそうなのだ。足元を絶えず川が流れている。その音を聞きながら箸を動かす。風が川の上を渡ってきて、首筋をなでていく。涼しい。とにかく涼しい。
そして、店によっては流しそうめんが名物だ。最上流に四段の川床を構えるひろ文は、貴船で唯一、流しそうめんが愉しめる料理旅館。竹を半分に割った樋に山から引いた冷たい水を流し、そこへそうめんを放つ。白い麺が透明な水に乗って、青竹の上をすべり落ちてくる。それを箸でつかむ。つかめれば食べられる。つかみそこねたら――そのまま流れていってしまう。最後に赤いそうめんが流れてきたら、終わりの合図だ。
ここに、円環の時間の谷の、いちばん小さな、いちばん愛おしい教えがある。流れる水の前で人にできること。それはただ、いま目の前を流れていくその一瞬をつかむことだけだ。時間は流れる。止められない。「流れないでよ」とどれだけ願っても、水は流れていく。そうめんはつかまなければ流れ去る。あの人は旅立ってしまう。夏は終わってしまう。でも――流れた水は、巡ってまた戻ってくる。来年も貴船川には蛍が舞う。来年の夏も、また川床が出る。また足を冷たい流れにつけられる。だから、いまはただ、この一瞬をつかめばいい。目の前のそうめんをつかむように。
流れていくものを惜しみながら。でも、また巡って戻ってくることを知りながら。それが、この谷で、水の上でごはんを食べるということなのだ。なお、川床は五月から九月末まで。雨が降れば、川が増水すれば、警報が出れば、中止になる。水神の谷だけに、最後は水の機嫌しだい。恵みの水がご馳走を運び、荒ぶる水がそれを取り上げる。やさしい水とおそろしい水。ここでも、二つで一つの龍が顔を出す。
谷を下りる。来たときよりも、体が軽い。汗をかいて上った坂も、帰りは足取りが楽だ。氣枯れだった体に、氣が満ちている。帰り道も、ずっと川が隣にいる。行きと同じ川。でも、もうただの水の音には聞こえない。
この水は、火から生まれた龍が巡らせている水だ。海から雲へ、雲から雨へ、雨から川へ、川から海へ。終わりなく巡る。明と暗、二つの顔を持つ循環する龍。その円環の中で、人は禊をして時を巻き戻し、丑の刻に神の降臨が繰り返され、願いが何度も反響して物語になる。和泉式部の魂は、蛍となって毎年戻る光に。橋姫の嫉妬は、鬼となって語り継がれる災厄に。舌弾正の願いは、数百年を巡って独立に。
最初にこの谷に来たとき。あの水は、ただ気持ちのいい冷たい水だった。でも、今は違う。同じ水なのに。その奥に、千年の物語が見える。循環する龍が見える。光と闇が見える。巡り、戻り、繰り返す時間が見える。『リバー、流れないでよ』がこの谷で撮られたのは、だから必然だった。「時を止めたい」「同じ時間を繰り返したい」という願いは、循環する水神の谷の、もっとも深い場所から湧いてくる願いだった。
水は流れる。止まらない。「流れないでよ」とどれだけ願っても、時は流れていく。あの人は旅立ち、夏は終わり、蛍は消える。それでも――流れた時は、円を描いてまた、ここへ戻ってくる。蛍は毎年戻ってくる。丑の刻は毎晩巡ってくる。禊をすれば、人はまた最初に戻れる。終わったものが、また始まる。来年の夏も、また川床は出るし、また足を冷たい流れにつけられる。
流れないで、と願っても、時は流れる。けれど、流れた時は円を描いて、必ずここへ戻ってくる。それが、貴船という谷だ。時間がまっすぐには流れない谷。すべてが巡って、また戻ってくる谷。そして、たぶん――また、来る。氣が枯れたら。水の音が聞きたくなったら。あの「流れないでよ」という祈りの意味を、もう一度確かめたくなったら。
貴船 巡礼ナビ
貴船口駅
叡山電車の最寄り駅。バス「貴船」下車徒歩5分、または川沿いを徒歩約30分。川床の店を眺めながら歩くのも一興。
本宮
水の神・高龗神を祀る。朱の春日灯籠が連なる石段が絶景。水占みくじは水に浮かべて占う名物。
奥宮
三社詣の正式順は本宮→奥宮→結社。本宮から川沿いを上流へ。諸願成就のご利益。船形石の伝説が残る。
結社(中宮)
磐長姫命を祀る縁結びの社。本宮と奥宮の間にあり、帰り道で参拝。和泉式部の復縁祈願の故事で名高い。
川床で食事
5〜9月は川の上の席で涼を取りながら会席を。秋冬は店内から川を眺めて。予算は下のカード参照。要予約の店が多い。
帰路
歩き疲れたら貴船バス停から貴船口駅へバスで戻るのが楽。送迎バスのある料亭もある(要予約)。
水神の谷で、
川の上の飯を食らう。
呼ばれた者だけが、清流の上に座れる。
CHAPTER 01水神の谷に、床(ゆか)が架かる
京都の街が四十度に焼ける夏でも、この谷だけは涼しい。市内中心部より、体感で十度低いと言われる。
貴船川。鴨川の、いちばん奥の源流。その清流のすぐ上に、板を組んで座敷を架ける。これが川床(かわどこ)だ。手を伸ばせば、指先が水に触れる。瀬音が足元から立ちのぼる。冷たい風が、料理の湯気をさらっていく。
下流の鴨川では「かわゆか」と読む。だが貴船では「かわどこ」。読み方が違う。位置も違う。鴨川は高い床から川を見下ろすが、貴船は水面すれすれに座る。川の中で食べる、と言ったほうが近い。
営業は、例年五月一日の川床開きから九月末まで。店によっては十月末まで延びる。真夏は天然のクーラー、九月以降は人が落ち着いて、しっとりと味わえる穴場の季節になる。
CHAPTER 02貴船で唯一、流れるそうめん ── ひろ文
川床料理は、正直、安くはない。一万円から二万円の世界だ。だが、二千円で川床に座る方法がある。
流しそうめん。貴船で、ただ一軒だけがやっている。料理旅館「ひろ文」。貴船川の最上流、貴船神社の結社のすぐ隣に、貴船随一と誉れ高い迫力の川床を持つ宿だ。
半分に割った竹のレーンを、清水とともに白い麺が滑り落ちてくる。箸でつかむ。逃せば、もう戻ってこない。最後に赤い(梅の)そうめんが流れてきたら、それが終わりの合図だ。
予約はできない。当日、整理券をもらって順番を待つ。公式では三、四時間待ちと脅されるが、朝十時前に着けば一時間ほどで案内されることも多い。駐車場はない。雨天・増水なら中止。それでも、並ぶ価値がある。これが、いちばん安い川床デビューだ。
CHAPTER 03氷の器に、鮎が泳ぐ ── 貴船の名店たち
同じ「川床」でも、店ごとに名物も値段もまるで違う。自分の予算と気分で選べばいい。
京・貴船ひろや
会席 15,000円〜20,000円|贅の極み昭和七年創業の老舗。名物は、鮎の「石庭盛り」。淡白な天然鮎を、川を泳ぐ姿そのままに、枯山水の庭に見立てて盛りつける。食べるのが惜しくなる美しさだ。氷を彫った器に鱧の造りを盛る一品も評判で、かつては宮内庁の御猟官を務めた格式を持つ。
貴船 右源太
昼 9,900円〜|夜 10,000円台貴船神社の社家を長く務めた家が開いた料理旅館。活きた川魚料理と、オリジナルのクラフトビールが楽しめる。秋冬はスッポンの出汁にぼたん肉を沈める「氣生根鍋(きふねなべ)」が看板。貴船口駅から送迎バスもある。
貴船喜らく
鱧しゃぶ会席|神社至近大正十三年、栃餅屋として創業した老舗。松茸と鱧の出汁でいただく「川床鱧しゃぶ会席」が、ここならではの一品。いつもと少し違う会席が食べたい時に。貴船神社も近く、あまり歩かずに川床と参拝を両取りできる。
貴船 仲よし
最安帯|川床デビュー向き紹介した店の中で、いちばんリーズナブルに川床へ上がれる。全席から川に足をつけられるのが特徴で、川幅が狭く流れが速いぶん、涼やかな風が真正面から抜けていく。関西風のすき焼きコースも人気だ。川床デビューの、ちょうどいい一軒。
CHAPTER 04料理だけで帰るな ── 水神の社へ
食べて帰るには、惜しい谷だ。
貴船神社。祀られているのは、水を司る神。創建の年も分からぬほど古い、京都屈指のパワースポットだ。朱塗りの春日灯篭が連なる石段の参道は、貴船の象徴。一段のぼるごとに、空気が澄んでいく。
本宮で参拝したら、終わりではない。少し奥へ歩けば、縁結びの神を祀る「結社(ゆいのやしろ)」、さらに進めば、大地の気が満ちる「奥宮」がある。三つを巡って、はじめて貴船を参ったことになると伝わる。
名物は、水占みくじ。何も書かれていない紙を御神水に浮かべると、文字が静かに浮かび上がる。水の神の社らしい、粋な占いだ。川沿いには遊歩道もある。せせらぎを聞きながら歩くだけで、体の熱が引いていく。
CHAPTER 05川の上で、甘いものを ── 川床カフェ
懐石はちょっと重い。でも、川床の空気は味わいたい。そんな時は、カフェがある。
本宮から奥宮へ向かって歩くこと約十分、老舗旅館が営む「兵衛Cafe」が見えてくる。大きな窓から貴船川の緑を眺める、落ち着いた一軒だ。川床席でカフェメニューもいただける。酒粕入りの最中、冷たい抹茶、和スイーツ。三十分ほどの、安くて贅沢な涼。
料理を予約していなくても、ここでなら気軽に川床の風に当たれる。散策の途中の、ちょうどいい休符だ。
CHAPTER 06夜の谷が、赤く燃える ── 紅葉ライトアップ
夏が貴船の本番なら、秋は、もうひとつの本番だ。
見頃は例年十一月上旬。この時期、「貴船もみじ灯篭」が灯る。本宮・結社・奥宮、そして貴船口から料理旅館街まで続く街道沿いに、灯篭がずらりと並ぶ。貴船川の畔が、柔らかな灯りに包まれる。
昼に訪れて緑から赤へ移ろう紅葉を見て、夜まで残ればライトアップ。昼と夜、両方の貴船を一日で味わえる。神社では社殿と紅葉が幻想的に浮かび上がり、川面に赤が映り込む。谷の夜は冷える。暖かい上着を忘れずに。
CHAPTER 07この谷への、行き方
貴船は、京都駅から直通では行けない。それがいい。たどり着くまでが、すでに旅だ。
JR京都駅からJR奈良線で東福寺へ。京阪本線に乗り換えて出町柳へ。そこから叡山電車に乗り継ぎ、約三十分で「貴船口」駅に着く。駅から貴船の中心までは、京都バスで約五分。多くの旅館が貴船口駅から無料送迎を出している(要予約)。
道中、見逃せないのが叡山電車の「もみじのトンネル」。市原〜二ノ瀬間の約二百五十メートル、線路を覆う木々の中を電車が抜けていく。展望列車「きらら」なら、なおいい。
CHAPTER 08泊まって、谷を独り占めにする
日帰りでも十分に満ちる。だが、泊まれば、谷はまるごと自分のものになる。観光客が引いた夜の貴船。灯篭だけが灯る静けさ。朝、誰もいない川床。そこに身を置けるのは、泊まった者だけの特権だ。
貴船の料理旅館は、川床料理をそのまま夕食にして泊まれる宿が多い。予算とこだわりで、二枚看板から選んでほしい。
呼ばれた者だけが、その涼を知る。
京都の奥座敷・貴船神社、
なめてかかると帰れんくなるばい。
ここに書くのは”道しるべ”。時間も料金も便数も、現地の都合でしれっと変わるけん、出発前に必ず公式で答え合わせしてから動いてね。
PHASE 01行く前に、勝負は決まっとる
現金はいくら必要?──貴船にATMもコンビニもない
貴船エリアにはコンビニもATMも無い。おみくじ・お守り・お賽銭はもちろん、名物の流しそうめんも支払いは現金のみ(後述)。交通系ICのチャージができる場所も見当たらない、という声が旅行者から繰り返し上がっている。市内で財布を整えてから山に入るのが鉄則。
川床(かわどこ)は雨だけじゃなく「増水」でも中止になる
川床の営業は例年5月〜9月末。各店とも雨天・増水・気象警報で当日中止となり、当日10時時点の天候で判断する店もある。盲点は「今日晴れていても、前日の雨で川が増水していれば中止」ということ。その場合は店内席への案内になる。楽しみにしていた分だけ、当日キャンセルの心の準備と予約店のキャンセル規定確認を。
服装の注意──市内より5〜10度低い。夏でも羽織りを
貴船は京都市街より体感で5〜10度低いと言われる天然の避暑地。それは裏を返せば、夜の川床や日暮れ後の参拝は夏でも冷えるということ。5月・6月・9月の夜は上着必須と店側も案内している。
車椅子での参拝は公式に「不可」──三世代旅行は事前に相談を
貴船神社は公式サイトで車椅子での参拝は不可と明記している。本宮への動線はあの有名な石段で、迂回のスロープは無い。足腰に不安のある方や車椅子の家族と一緒の場合は、無理をさせない計画が第一。遠方や身体の事情で参拝できない人向けに、電話での問い合わせで通信祈祷を受け付けている(社務所 075-741-2016)。
PHASE 02たどり着くまでが本番
駐車場は全部で25台──車で直行は「詰み」やすい
神社の駐車場は本宮10台・奥宮15台の計25台(2時間500円 ※料金は改定の可能性あり、要公式確認)。神社自身が「貴船には駐車場がほとんどありません。公共交通機関を強くおすすめします」と公式に案内するレベル。しかも参道の道は狭い一本道で、対向車とのすれ違いも困難。満車と分かってもUターンできる場所がなく、立ち往生した車の列が生まれるのが繁忙期の風物詩になってしまっている。
紅葉・行楽シーズンの渋滞──2kmに70分かかった報道も
貴船口駅から神社までの約2kmの府道は、行楽シーズンには普段5分の道に70分近くかかったという報道が出るほどの渋滞地帯。道幅が狭く歩行者も多いため、一度詰まると逃げ道がない。この区間は路線バスも同じ道を走るので、渋滞時はバスごと巻き込まれる。
貴船口駅から徒歩30分──ずっと上り坂。靴で決まる
叡山電鉄・貴船口駅から神社までは約2km・徒歩30分。川沿いの気持ちいい道だが、ずっと緩い上りが続く。ヒールやサンダルで来て消耗する人が後を絶たない。バス(京都バス33系統・乗車約4分)は日中おおむね12〜15分間隔のようだが、小型車両なので混雑時は乗り切れないことも。
PHASE 03境内で泣かんために
水占みくじ・お守りの受付時間は9時〜17時──夜は引けない
本宮の開門は6:00〜20:00(12月〜4月は18:00まで)と長いが、水占みくじ・お守り・御朱印の授与所は9:00〜17:00。つまり早朝の静けさ狙いや、ライトアップの夜だけ来ると、名物の水占みくじが引けない。ライトアップ期間(例年7月上旬〜8月中旬の七夕、11月の紅葉)は閉門・授与所とも延長されるが、日程・時間は毎年変わるので公式で要確認。
所要時間の読み違え──三社詣は「本宮→奥宮→結社」の順
貴船神社は本宮・結社(中宮)・奥宮の三社から成り、古くからの習わしでは本宮→奥宮→結社の順にお参りする。本宮から奥宮までは約700m・徒歩15分、当然帰りも歩く。「本宮だけ見てサッと帰るつもりが、縁結びの結社を素通りしていた」はよくある後悔。三社をゆっくり回って写真も撮るなら、境内だけで90分〜2時間は見ておきたい。
石段の写真は日中は人だらけ──狙うなら朝8時前
春日灯籠の並ぶ石段はSNSでおなじみの絶景ポイントだが、日中は人が途切れない。無人の一枚を狙うなら朝8時前、もしくは閉門近くの夜。海外レビューでも「ツアーバスが着く8時半以降は一気に人で埋まる」との声がある。
英語案内は少なめ──おみくじも日本語。翻訳アプリを味方に
境内の案内や水占みくじは基本的に日本語。海外からの旅行者は翻訳アプリのカメラ機能を用意しておくとみくじの内容まで楽しめる。バスは前乗り・ICカードやタッチ決済対応のようだが、車内アナウンスや乗り場案内で戸惑う声もある。困ったら「Kifune Shrine?」と指差しで十分通じる。
PHASE 04めし場のワナ
流しそうめんは予約不可──繁忙期は3〜4時間待ち
夏の貴船名物・ひろ文の流しそうめんは予約を受け付けていない。繁忙期は平均3〜4時間待ちと店が公式に案内するほどの人気で、整理券の配布もない。支払いは現金のみ。受付時間も季節で変わり、7月・8月は昼過ぎには受付を締め切る。
昼過ぎに店が閉まる「中休み」──コンビニゼロで小腹難民に
貴船の食事処は昼営業と夜営業の間に中休みで閉まる店が多い。15時前後に「軽く何か食べたい」と思っても開いている店が見つからず、しかも周辺にコンビニは無い。自販機はあるが食べ物の補給手段はほぼ無いと考えておくのが安全。
PHASE 05帰りが一番詰む
帰りのバスは満員で乗れないことも──最終時刻をスクショせよ
貴船からの帰りのバスは小型車両。夕方の帰宅ラッシュ帯には満員で乗り切れないことがあり、夕方以降は本数も減っていく。乗れなければ暗くなった川沿いの道2kmを歩いて下ることになる。街灯は多くなく、特に一人だと心細い道のり。
■ 貴船 持ち物・段取りチェックリスト
- □ 現金1万円弱+小銭(山にATMなし・チャージ不可)
- □ 歩ける靴(駅から上り2km・境内は石段)
- □ 薄手の羽織り(市内より5〜10度低い)
- □ 行動食1つ+ゴミ持ち帰り袋1枚(コンビニ・ゴミ箱なし)
- □ 帰りのバス最終時刻をスクショ
- □ 川床予約日は「前日の雨」まで天気チェック
- □ みくじ・お守りは9時〜17時のうちに
- □ 車なら朝イチ or パーク&ライド(駐車場は計25台)
※この記事について
掲載した時間・料金・便数・立入の可否などは、執筆時点で各公式情報をもとに確認したものばい。ばってん、こういう情報は工事・天候・行事・季節でしれっと変わってしまうけん、ここに書いとることはあくまで”道しるべ”として読んでね。実際に動く前に、必ず自分で公式(公式サイト・電話)で最新を確かめてから出発するとよ。うちの案内はそのための下調べ、最後の答え合わせはあなたの手でね。
〔確認先〕貴布禰総本宮 貴船神社(公式サイト・075-741-2016)/京都バス(33系統時刻表)/叡山電鉄/各川床店舗の公式サイト(ひろ文・貴船荘 ほか)


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